第19話

 諸々の手続きを済ませ、俺たちネットに囲まれているボールを打つ場所までやってきた。


「その空間に転移する条件ってなんなんだ?」

「このバッティングセンターの一番早い速度を設定した瞬間に転移するらしい」

「あー、その今触ろうとしてる台か……っていきなり押すのか!?」


 伊集院さんは早速にそれに手を伸ばし、最高速度のボタンを押そうとしていた。


「ま、待て!」

「ん? 大丈夫だよ。防御魔術も展開させたから」

「そういう問題じゃ無い! 一応俺は一般人だから、心の準備ってものがだな……」

「いいや、限界だッ! 押すね!! ポチッとな」

「な、何をするだァ――ッ!!」


 ボタンを押すと同時に、視界がぐにゃりと歪み始める。思わず目を閉じるが、次に目を覚ますとそこは――。


「……変わってなくね?」

「転移先はバッティングセンターだからそんなに景色は変わらないだろうよ」

「ああ、そっか」


 確かに、中が広くなっているし、俺たちから見て左上の壁あたりに謎の緑色のガラス張りの部分がある。そこからいかにも熱血コーチっぽい人が見下ろしていた。


「……あのマッチョマンが異能力者か?」

「ああ。情報によれば彼の異能力は――【俺だけの野球場オンリー・マイ・ボールパーク】。野球に関する物をこの空間に自由に出せる能力らしい」

「普通に強い……のか?」

「普通ぐらいだと思うよ」


 そんなことを駄弁っていると、馬鹿でかい声が響いてきた。


『ようこそ新たな選手の卵ッ! 貴様らは百本連続でホームランを成功させ、見事に我がチームの一員となって見せるのだァーッ! ちなみにこのバッティング場からは誰も出られないように異能をかけてあるゥ! 誰かが千本連続でホームランしないと出られないかるぁな!!』

「……なんか投げやりだな」


 まあここには何十人と人がいるから、説明もめんどくさくなったのかもしれないな。


「それで、伊集院さん、作戦は?」

「阿呆っ! 任務中は組織名コードネーム で呼ぶのが鉄則だろう!」

「あ、ああごめん、シエル。……でも俺の組織名コードネーム 無いじゃん」

「……それは置いといて。取り敢えずボクのバッティングを見ていてくれたまえ」

「話をすり替えられたな」


 バットを持ち、ボールが投げられてくるのを構えるシエル。豪速球の球が飛んでくるが、それをいとも容易く打ち返し、見事ホームランの的に直撃した。

 その的の上にあるモニター画面は、0から1に変化していた。


「え、うっま! ズル無し!?」

「ボク、野球大好きで超得意なんだ。前世で培った反射神経、力の込め具合、その他諸々が上手く野球にガチョンってハマってねぇ〜。たまんないんだこれが!」

「でもこれが作戦に関係するのか?」

「ああ、相手は選手を育てようとしている。育てる側ならば、このボクの最高のバッティングを間近で見たいと思うだろ? そこで、だ。ボクはここであのマッチョを引き留めておくから、キミはあのモニターを操作する場所に行って改竄してくるんだ」


 確かに、この作戦だと俺が囮は無理だな。運動神経はいい方だが、野球経験はほぼないからホームランを連発して目を引くことも不可能だろう。シエルが適任だ。


「でもあのマッチョが出られないように異能力をかけてあるって……――あっ」

「そうさ。そのために、事前に〝防御魔術〟を展開させていたんだ。さ、マッチョあの光の壁のとこから出てきた。キミに渡したバッジで連絡が取れるから、ちょくちょくバレないように連絡するよ」


 コクリと一回頷き、俺は普通に歩くふりをしてそのマッチョが出てきた光の壁の場所へと向かった。

 横を通る際、俺には一切目もくれずにシエルの方へと足早に向かっていた。それぐらいすごいバッティングだったのだろうか。

 ……まあ、さっさと終わらせよう。最初は異能力とか魔術とかに戸惑っていたが、数多の事件に巻き込まれた俺だからもう順応しかけている。自分が怖いなぁ。


「…………今だっ!」


 誰も見ていない隙に、マッチョが潜ってきた光の壁を通り抜け、すぐに物陰に移動する。

 何も異常がなかったため、きちんと防御魔術は展開されているようだ。


「えーっと……。あのマッチョが見下ろしてた場所の方はこっち側の階段か」


 そろりそろりと物音一つ立てないように息を殺して進む。


『ボクのフォームを見てなんか頷いてるだけだから、今のうちだよ! ボクは腰が死にそうだ!』


 バッジからボソッとシエルの声が聞こえてきた。連続でボールを打ち続けているみたいだから、そりゃ腰も痛くなるか。なるべく急ごう。

 そう思った矢先に――。


『侵入者! 侵入者! ボール打タナイヤツ発見!!』

「ヒュッ」


 目の前にただの箱があるのかと思ったら、グリンッと上の部分が回転してこちらを見つめる野球のユニフォームを着たロボット。

 驚きすぎて悲鳴も出なかった。


『拘束スルゾゴラァ!』

「嫌だァ――ッ!!」


 踵を返し、走り出す。


『ゼェ……はぁ……。ボクの腰は、もうね……やばいよ! 急いでくれ!』

「今キモいロボットにストーカーされてる! もっと打ちまくって引きつけててくれぇ!!」

『多分ピッチングマシーンを何かしら改良した物なんだろう。でも! そんなのたらす暇があるならぁ! 早くしてくれ!!』

「たらしてないわ!!」


 シエルの悲痛な声がバッジ越しに聞こえてくる。俺だって悲しいさ。こんなロボットに追われてるんだもん。


「うぉおおおお!!」

『『侵入者! 侵入者! 外周一万週サセルゾゴラァ!!』』

「ギャアァァ! 増殖した!!」


 その後は運動部並みに走りこんでなんとかロボットを撒いた。そして、先程あのマッチョがいたであろう部屋へと辿り着いた。

 そこには色々なモニターがあり、ホームラン数を操作できそうなタッチパネル式の画面があった。


「あった!」

『零紫くん、やばい! なんとか引き留めてたんだけど、電話みたいなの確認したらダッシュで帰っちゃった! 急ぐんだ!!』

「ま、まじか!」


 急いでそのタッチパネルの場所まで移動し、それを操作しようとする。起動させようとした途端、後ろの扉が開き、マッチョが部屋に入ってきた。そして、首根っこをガッと掴まれ上に持ち上げられる。


「こんな不正して楽しいのかァーッ!! 貴様には罰を与える!!」

「ぐ……ゔぅ……!!」


 俺の首を絞める力がどんどん強くなって行く。呼吸ができず、意識が朦朧としてくる。


「その位置だ!! 動くんじゃないぞ!!」


 バッジ越しではなく、俺の耳に直接シエルの声が響く。悶えながらも、シエルの声がする窓の下の方を見る。

 すると、任務時の服に着替えバットをこちらに向けているシエルの姿があった。


「顔面直撃ホームラン行くぞ〜!」


 バットを構えると、ピッチングマシーンからボールが放たれる。


 ――ガッッキィィィィン!!


 バッティングセンターにとても心地いい音が鳴り響く。シエルの打ったボールは、こちらに一直線に向かって来ていた。


「ふむ、やはりいいバッティングだ! しかし! このガラスはガラスじゃないっ! 実は光の壁で、何物も通れなくなってい――ぶべらっ!!」


 説明が終了する前に、マッチョの顔面にボールが直撃して、俺の首からマッチョの手が離れる。


「ボールに防御魔術を貼らせてもらったのさ。零紫くん! 今だよっ!!」

「わかってる!!」


 タッチパネルを操作し、ホームランの回数を改竄させ、千回済みにする。視界がぐにゃりと歪み、次に眼が覚めると元のバッティングセンターへと戻っていた。

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