第7話

「零紫くん大丈夫かい!? ああ、すまない、守りきれなくて……」

「い、いや大丈夫だ……。逆にお節介だったかもしれないし……」

「いいや、そんなことはない! キミがいなかったらきっと大変なことになっていた!」


 男を身動きできないようにすると、すぐさま俺の元へと駆けつける伊集院さん。


「そういえばさっきの光線、俺の足を貫通した後、そのまま床も貫通してたんだ……。下の人たちが大丈夫か見てきてくれないか……?」

「自分の心配もするんだ! 阿呆っ!!」


 伊集院さんは、ポケットから包帯を取り出し、俺の傷口へと強く巻き始め、止血をしてくれた。


「いっ……てて」

「我慢してくれ……すぐに組織の救急隊が来て傷を治してくれるから。ごめん、本当に……」


 学校や家でのおちゃらけた雰囲気は一切無く、深刻な表情で俺の足を止血していた。


「――優しいんだな、伊集院さんは」

「なっ! じ、自分の怪我の心配をするより人の心配をするキミの方が優しいと思うけどねぇ!」

「いでぇぇ! 何すんだ!!」

「バーカ、バカバカ!」


 伊集院さんの優しさに触れ、つい口元が緩んでしまったが、伊集院さん顔が紅潮させて照れたかと思うと、ギュゥ〜っと強く布を締め付けてきた。バカ痛い。

 でも調子を取り戻して来たようだ。


「本当にバカ。前世から変わらずいつだってキミはそうだ! ……いつもボクの心を騒つかせる……」

「ん? なんだって?」

「うるさい! バァ――カ!!」

「バカしか帰ってこないな……」


 プイッと横を向きながら何かをボソッと言った気がするが、痛みや他に諸々あったので聞きそびれてしまった。耳が真っ赤になっているが、運動をした後だから熱くなっているのだろうか?


「救護班、到着しましたー!」

「キマシター」

「大丈夫ですかー」

「君は下の階の確認に」

「了解です」


 数名の人が屋上へとやって来た。

 これで足を治してくれるのだろうか?


「屋上の怪我人はあなただけですか?」

「あ、はい」


 一人が俺の前までやって来てそう言ってくる。

 その人は、俺の足に手を当て、その手のひらから魔法陣が構築されて行き、淡い緑色に輝き始めた。


「【治癒ヒール】」

「お、おおお!」


 傷口がムズムズするが、だんだんと傷口が塞がって行く感覚がする。

 魔術ってすごいなと改めて思った。


 俺が感嘆の声を漏らしている中、伊集院さんは少し離れた場所で救護班の一人であろう人たちと話していた。


「今回も、またボクに対する刺客だったよ。ま、異能力を使い慣れていない様子から、目覚めたてっぽかったからよかったねぇ。あれは厄介な異能力になるよ」

「はぁ、〝魔術軍二番隊副隊長〟なだけあって狙われやすいですね」

「全くだよ」

「……ところで、あそこの男性は? 指示通りあの方も記憶処理しますか? 監視カメラ等は全て改竄完了しています」


 ……成る程。

 どうしてニュースにならないのかがわかった。

 目撃者の記憶を改竄して、監視カメラにすら証拠を残していないのか。

 魔術とか異能力ってなんでもできるんだな。


「いいや、彼とは旧知の中でねぇ。今日再会したばかりなのさ。記憶処理は必要ないよ」

「そうだったんですね。副隊長なら安心できますが、一応報告しておいてくださいね」

「了解したよ」


 おい、嘘をつくんじゃない。

 俺とお前は今日初めて会ったばかりだろう。旧知の中じゃないだろうが。


 「はぁ」と呆れ混じりのため息を吐く。

 目の前で俺の回復をしてくれていた人がなぜか、開いた手のひらに拳をポンっと置き、納得した様子であった。


「成る程、二番隊副隊長と旧知の仲なら、この強さも納得か……」

「ん? どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありません。……一つ、個人的な興味なのですが、聞いてもよろしいですか?」

「ああ、はい。答えられる範囲なら全然答えますよ」


 俺の傷を直してくれた優しい人だ。

 できる限り答えてあげたい。


「あなたは――〝人間〟……なんでしょうか?」

「…………は?」


 その意味不明な質問に俺は数秒フリーズしてしまう。


 人間? ニンゲン? アーユーヒューマン??

 いやいや、当たり前すぎる。俺は人間だ。

 結構失礼な質問してないか?


「人間ですけど……」

「はぇー、成る程ぉ」

「あの……なんで俺が人間じゃないと思――」

「すみませーん! こっちにも怪我人いたのでこちらへお願いしまーす!」

「はいはいー」


 質問し返そうとしたのだが、別の人に呼ばれて行ってしまった。

 もう足は問題なく動かせれる。


 ……『お前は人間じゃない』とかそういう流れじゃないよな?

 うん、多分あの人は不思議くんなんだろう。怖いからそういうことにすることにした。


「零紫くん、ボクらはもう帰っていいそうだ。帰ろっか」

「そうか。……はぁ、やれ魔術だのやれ異能力だの……。色々と情報過多だ……」

「だから魔術とか異能力とか殺戮ロボットとかがあって、地球がやばいって言ったろ?」

「ああ……。ってちょっと待て。殺戮ロボットなんかさっき言ってなかったよな!?」

「あれ? 言ってなかった?」

「言ってない!」

「ごめんごめん〜」

「はぁ……やれやれだ」


 今日は帰ってダラダラしよう。色々と整理する必要がある。

 数秒間を空け、伊集院さんがこんなことを言ってきた。


「……先に謝っておくよ、ごめん」

「え? 何の話だ??」

「零紫くんが真実にたどり着いたらわかるさ。さぁ〜て、帰ろっか!」

「あ、ああ。そうだな」


 ――なんやかんやで、これからこんな関係が始まって、長々と続くのかと思っていた。

 ああ、ちゃんと始まったさ。特殊能力が蔓延るこの世界で、俺は伊集院さんの付き添い人みたいになって、漫画みたいな展開になったよ。


 命がいくあっても足りないくらい恐ろしい能力を持ったやつとも遭遇したりしたけど、機転を活かしてなんとか勝ったりした。その日の夕食は伊集院さんが豪華に作ってくれた。

 死線をくぐり抜けて行ったり、一緒に買い物とか行ったり、伊集院さんの家族に手料理を振る舞ったら気に入られたりした。彼女との仲もそれなりに深まった気がする。

 目がくらむような日々だった。


 だがそんな関係は――


 この伊集院さんと出会った七日後に、彼女のメイドさんが家に来た。

 そして伊集院さんの豪邸に連れられ、彼女のお母さんにこう伝えられた。


 伊集院さんは――『去年に死んでいる』と。

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