第3話
自己紹介は脳内シュミレーション通りにいかなかった。その後は入学式だったのだが、全く話が入ってこなかった。
そして今現在、先生の話を聞きながら俺は机で項垂れている。
「はぁぁぁ……。最悪だぁ……」
「ご愁傷様、ボクでよければ話を聞くよ?」
「お前がッ! 原因なんだよッ! この諸悪の根源!!」
「ふふふ、それほどでもあるかなぁ〜」
「褒めて……はぁ、もういいや」
俺が絶望に浸っている間、伊集院さんは頬杖をつきながらケラケラと笑っていた。
最初はお嬢様っぽいとか思っていたが、今ではそんなの微塵も感じられない。
「伊集院さんには良心の欠片も無いのか?」
諦め口調で彼女にそう問う。
「ボク、優シイヨ」
「カタコトなんだが?」
「……ちなみに言うと、前世でもこんな会話ばかりしていたからねぇ?」
「ひっ!」
突然耳元でそう囁かれる。ゾワゾワとした感覚が背中に走り、つい変な声を上げてしまった。
「ありゃりゃ〜、興奮しちゃったのかな? 変態さんだなぁ〜!」
「う、うるさいぞ! あんなのいきなりやられたら誰でもそういう反応するっての!」
「変わらなくてよかったよ。本当に、なんも変わってなてよかった」
じーっと曇りないダイヤモンドの瞳で、昔を懐かしむように俺を見つめている。
あまりにもじっと見つめられているので、つい視線を逸らす。
「全く……零紫くんはウブだなぁ」
「勝手に言ってろ」
「拗ねないでよ〜」
そんなやり取りをしあっているうちに先生の話は終わっており、もう下校してもいいらしい。
今日は入学式と簡単な説明だけだったので、昼前には帰れるのだ。
面倒ごとに巻き込まれたくはない。
だからクラスの陽キャ君が提案した『親交を深めるためのカラオケ』とかは行かない。
「帰るか」
「ん? 零紫くん帰るの? カラオケは行かない??」
バッグを持ち、席を立つと伊集院さんがそう尋ねてくる。
「ああ。あんまり友達とか作るタイプじゃないし、今日から父さんが出張だから家事やらないといけないんだよ」
「ほほう、それは大変だ。それじゃあボクも帰ろうかな」
「伊集院さんは行ったらどうだ? 友人関係とか大事にした方がいいぞ」
「ブーメラン突き刺さってるよ?」
「い、いいんだよ別に。じゃあな」
俺はそのまま教室の扉に向かいながら、片手をポケットに突っ込み、もう片手は上に挙げてひらひらとさせた。
###
――帰り道。
帰るための駅に向かう途中には商店街があり、俺はその通りを歩いて駅に向かう。
腹の虫を鳴かせようとする香ばしいコロッケの香りや、多種多様な服が置いている服屋。
こう言う昔ながらの商店街とか、レトロな雰囲気は大好きだ。
だが、隣にいるこいつはだんだんと鬱陶しくなってきた。
「おぉっ!? 零紫くん、この服見てよ〜! 君が前に着ていた服にそっくり!!」
伊集院さんが店頭に置かれている服をキラキラとした表情をしながら俺に見せつけてくる。その服は黒いロングコートで、金色の模様が刺繍されていた。
結構かっこいい服だな……。
「じゃあ買っちゃえば?」
「いやいや、流石にこれを私服として着るのは抵抗が……って、なぜ心が読める!」
「顔に出てるよ。零紫くんって前世から何も変わってないねぇ」
「前世から変わってないのかよ……。兎にも角にも! 俺は今日から多忙なんだ。十日後からなら全力で構ってやるから――」
「じゃあ忙しくなければいいんだね!? おっけー、わかったー!!」
そう言い残すと、伊集院さんはダッシュで走り去ってしまった。俺は呆然としたまま取り残される。
走って行く方向は俺の家の方向だが……あいつの家もこっち側なのだろうか?
「嵐みたいなやつだな……」
ふぅと息を吐き、帰路についた。
###
「……ん?」
おかしい。
今自分の家の扉の前に立ち、ドアノブに手をかけているのだが――開いている。
父さんが鍵を閉め忘れることなんて一度も無かった。もしかしてまた空き巣とかか……?
い、いや、流石にこんな白昼堂々としないだろう。ええい! 男は度胸ッ!
俺は勢いよく扉を開けた。
「お帰り〜! ご飯できて――」
「すみません家を間違えました!!」
俺は勢いよく扉を閉めた。
どうやらここは俺の家じゃないみたいだ。
だって、俺の家で伊集院さんがエプロン姿で出迎えてくるなんてありえないだろう。
いや……もしかして幻覚だったのでは?
よし、もう一回開けてみよう。
「もう! 何でいきなり閉めるの――って、ゆっくり閉めていかないでよ! ここはキミの家であってるよ!?」
「だったら尚更だ! なんで俺の家にお前がいる! なんでエプロンつけてる! そしてなぜその下に俺のTシャツを着ている!!」
なんなんだこいつは。
エプロンをつけてわざわざ片手におたまを持ってやがる。
しかも勝手に俺の服を着て。あとダボダボすぎて目のやり場に困る……。
「まあまあ、上がって上がって〜」
「何自分の家みたいに言ってんだよ。ここは俺の家だぞ。この表札の嘉神という文字が見えないのか」
「はいはい、とりあえずおかえりなさいっ」
二ヒヒと笑いながら俺にそう言ってくる伊集院さん。……あまり悪い気はしなかった。
「あんれぇ〜? もしかして満更でもない感じだった??」
「んなっ……!? そ、そんなわけないだろうが!!」
俺は顔が熱くなるのをごまかすため、ずんずんと中に入り玄関で靴を脱ぎ捨てた。
「……ん?」
一瞬、肌がピリついた。俺は自然と後ろを振り向く。
するとドアが閉まり行く中、遠くからこちらをじっと見つめる人の影が見えた気がした。
「零紫くんどうかしたのかい?」
「……伊集院さんは一人で来たのか?」
「一人だよ?」
「SP的な人たちを外で待機させてる人とかは?」
「いないさ。どうかした?」
「……いや、なんでもない」
きっと気のせいだろう。
そう自分に言い聞かせる事にした。
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