第86回 単純明快
ミュータント椅子の周りには、その上も含めて満遍なくウォーニングゾーンが広がっていた。
クソッ……どう考えても突破口がどこにあるかわからない……。もうあと7秒しかないってのに。
繭、魚、少女、芋虫、蝶、花、椅子といった具合に、変異体であるボスが姿をどんどん変えている状況だからこそ、難しく考えすぎないほうがいいような気がする。
そうだ、ここは一度立ち止まってシンプルに考えよう。すると、答えはすぐに浮かんできた。
「安全地帯は椅子の下だっ! 野球帽、急いで持ち上げるぞ!」
「わ、わかった!」
「「――せぇーのっ!」」
俺は野球帽とともに椅子を持ち上げたわけだが、これが滅茶苦茶重かった。風間が持っていた剣の何倍もの重量があるんじゃないか。そう考えると、ほぼ野球帽のおかげで持ち上げることができてるってことか。
それでも、その下が青いセーフゾーンだったので読みは当たった格好だ。カウントダウンの数字が終わりを告げようとする中、なんとか二人でその下に入り込めるくらい持ち上げることができた。
「原沢、お前も早く来いっ! 死にたいのか!?」
「ぬぁっ……!?」
ぼんやりしていた原沢がはっとした顔で飛び込んできたその直後だった。椅子の上から物凄い量の針が噴き出したかと思うと、まもなく雨のように降り注いできた。
針が落ちる音から察するに、小ささの割りに相当に質量の重い雨のはず。これをまともに食らっていたらと思うと心底ゾッとするな……。
無数の針は、俺たちの腰の高さまであっという間に溜まったところで止まり、跡形もなく夢のように消えていった。
さあ、今度は一体どんな形態を見せてくるのか――そう思ったのも束の間で、視界にカウントダウンが表示された。しかも、その時点でもうあと10秒だと……?
ということは、既に出現しているこの椅子がまた攻撃してくるというのか。あまりにも僅かな残り時間の中、冷静さを失わないように椅子をじっくり見てみると、右側の部分が青くなっているのがわかった。ってことは――
「――左から攻撃が来るぞっ!」
俺たちはそれまで傘のように持ち上げていた椅子を、今度は盾のようにしてその前でうずくまる格好になった。
やはり、椅子が針を大量に放出し、それが勢いよく弾丸のように跳ね返ってきた。これまたとんでもない量で俺たちはまたたく間に針で埋まりかけたが、やはり攻撃が終わってからすぐに消えていった……って、ホッとしている場合じゃなかった。
残り5秒という非情すぎるカウントダウンが表示され、俺は椅子をそのまま置くように指示し、そこに立ってみせた。これは予想通りだったからよかった。次は絶対こう来ると思ってたんだ。
野球帽と原沢が続けて乗ったあと、椅子が浮くほどに針が発射され、自分たちの頭が天井に届きそうになったところで止まり、まもなく針の絨毯とともに椅子が消えて俺たちは落下した。
結構高さがあって、尻を強打してしまった。イタタ……しかし、心臓に悪すぎるな、このボスは。同調したのか二階からは溜め息や歓声が聞こえてくるが、見世物じゃないんだぞと。
そういえば、羽田は何故実験台を送り込まなかったのかと疑問に感じて一瞥したら、黒坂と何やら喋っている様子だった。なんていうか、深い意味でもあるのかと思ったら会話してただけかよ。複雑なようで単純なやつなんだな。
学校ダンジョンのときも思ったことだが、超レアスキルの【クエスト簡略化】があってもこの難易度だから、羽田が未だに俺を生かしている理由もよくわかる。
ちなみに、ミュータント椅子は最後の攻撃の際、フラッシュしていたが手を出さなかった。点滅しているからもうすぐ倒せるのはわかってるが、もしそこで攻撃する素振りを少しでも見せようものなら、羽田が割り込んできてクリアしてしまうからだ。
俺が攻撃した時点で倒せる保証があるならやってみる価値はあると思うが、一撃で倒せるかどうかはまったく読めないわけだしな。ここはしばらく様子見して、自分たちだけが攻撃できるチャンスを窺うしかない。
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