第84回 開閉


「――フォオオォォッ……」


「「「「「おおぉぉっ!」」」」」


 大型の蝶――ボスのミュータント――が、獲物を吸い終わって浮遊した直後のことだった。いきなり落下して跡形もなく消えたことで、ダンジョンをクリアしたと思ったのか二階のほうから歓声が上がる。


 だが、残念ながらそうじゃない。ボスは確かに姿を消したが、点滅すらしてなかったからな。


「まだだっ!」


「「「「「えっ……!?」」」」」


 俺が叫ぶと、それだけ影響力が大きかったのか驚きにまみれた声が降ってきた。


「お、おい、工事帽、まだなのはわかったけど、そんなのあいつらにバラしてもいいのか……?」


「大丈夫だ、野球帽。俺には考えがある」


「そ、そっか。それなら、別にいいんだけど……」


 なんか野球帽のやつ、すっかり女らしくなったような。気のせいだろうか。以前は何かあれば必ずといっていいほど舌打ちが飛んできたからな……って、それどころじゃなかった。既にカウントダウンが始まっていて、もう残り30秒まで迫っているんだ。


 どうしてわざわざ宣言したのかというと、俺たちがボス戦においてまだ役に立っていて、その役目を捨てるつもりはないとアピールするものであり、自分と野球帽を守るためだ。


 俺たちがやつらに横殴りされたからといって、ボスを倒そうとしない消極的な姿勢を見せたら、虐殺者の羽田によって速やかに至高の芸術品、すなわち死体に変えられてしまう可能性があるからな。


 20秒を切ったところだが、まだボスは姿を見せていなかった。これも攻撃する寸前まで姿を現さないことで、それだけ俺たちに対策されないためだろうか。既に周囲は例外なくウォーニングゾーンになっているというのに。


 それなら、今度はどんな形態が来るのか積極的に予想してやったらいい。そういうわけで俺は今までのボスの形態をイメージするようにして思考した。繭、魚、少女、芋虫、蝶と来て、次はなんだろうか。


 俺はそこで、湖や森がある自然の中で少女が蝶を追いかけるイメージを抱き始める。ってことは……そうだ、もしかしたら植物かもしれない。


「「――はっ……」」


 その勘が当たって、俺たちの足元に芽が出てきたかと思うと、それがまたたく間に成長していった。


 カウントダウンが残り十秒を示した頃には、巨大なつぼみが開き始めて今にも黄色い花が満開になろうとしていた。


 試しに死神の大鎌で攻撃してみたら、分厚い壁を叩いているような感じでまったく手応えがなかった。やはり、ボスの本体が光っていなければ、いくら攻撃してもダメージを与えることはできないのだと再認識させられる。


 残り5秒。もうすぐミュータントの攻撃が来る。どうすればいいんだ。今度こそ終わりなのか。


「うおおおぉぉぉぉっ!」


 試しに叫んでみたがセーフゾーンにならないし、さすがにワンパターンとはいかないか――


「――あっ……」


「さじ……工事帽?」


 カウントダウンがゼロになる直前、ボスの花が満開になったことで俺はようやく思いついた。間違いない、次は死の花粉だ。


「野球帽、口元を塞ぐんだっ!」


「うっ……」


 やはり、口元を手で覆った途端、俺たちの足元は青くなった。叫んだあとは口を塞ぐっていうのは、パターンとしてはありがちかもしれないが、いざとなると気が付きにくいもんだ。


「きゃああぁぁっ!」


 痛々しい悲鳴とともに、今度はスレイヤーの一人が花の前に放り出される。


「く、口元を塞ぐんだっ!」


「そ、そうだ、早くっ!」


「は、はい――いぎっ!?」


「「なっ……」」


 予想通りの展開とはいえ、やつの思い通りになってたまるかと助言した直後、スレイヤーの両腕が切断された。


「フンッ、雑魚は大人しく実験台になることだぁ……」


「……ち、畜生っ……」


 羽田の野郎……いい加減にしろってんだよ……。


「こ、工事帽、落ち着いて、ね……?」


 今度は俺が野球帽からなだめられる立場になってしまった。


「……い、い、嫌ぁ……」


 死の花粉を吸ってしまったのか、スレイヤーの肌が見る見る緑色になり、腐り始めているのがわかる。やがて、両腕の傷口だけでなく目や口からも芽が吹き出てきて、またたく間に成長していった。


 怒りのあまり我を忘れそうになるし、思わず目を覆いたくなる陰惨な光景でもあるが、ここは冷静にならなきゃいけないってことで、俺は自分を押し殺してボスの本体が光る瞬間を待った。


「――はあああぁっ!」


 ボスに攻撃したタイミングで、俺たちのすぐ近くを見えない何かが通り過ぎていくのを感じた。畜生の羽田が自慢の念力で横殴りしてきたんだ。力の差をわからせるかのように。


 この挑発には目が眩むほどの怒りを感じたが、なんとか堪える。まもなく、ボスが点滅し始めた。これだけ威力のある攻撃が続いたらそうなるか。弱ってきた証拠だし、いよいよもうすぐ倒せるみたいだが、相手はレベル99のボス。油断は大敵だ。

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