第61回 誘い
「ククッ……」
「ぐ、ぐぐっ……」
「や、やめろ、やめてくれ。頼むから、そいつには手を出すな……」
俺の目の前で、野球帽の藤賀の命が消えかかろうとしていた。
あの絶対者と呼ばれる男――杜崎教授――が、野球帽を羽交い絞めにしていたのだ。
「佐嶋康介君、邪魔をしないでくれたまえ。神の生贄としてこの子は選ばれたのだ。ゆえに、神の代行者である僕が食するというだけのこと」
「ぐぐっ……チッ……! さっきから何してるんだよ、早くこいつを攻撃しろ、工事帽っ!」
「ば、馬鹿か、野球帽。やつとはレベル差がありすぎるし、そんなことしたらあんたが殺されるだろ! な、なあ、杜崎教授、どうすればそいつを解放してくれるんだ?」
「フフッ……妙に素直になったな。ならば、大人しくスレイヤー協会へ入るのだ……」
「わ、わかった。入る、入ればいいんだろ。それで野球帽を解放してくれるんだな?」
「うむ。実に物分りがいいではないか。さあ、こっちへ来たまえ」
「はっ……!?」
気づけば教授の口元は真っ赤に染まっていて、野球帽が白目を剥いて倒れるところだった。しかも、俺の足元には内臓が幾つも散らばっていた。
「クククッ……これが誰のものか、わかるかね……?」
「う、うわああああぁぁっ――!」
――はっ……? 飛び起きた俺がいる場所は、いつもの病室だった。
「……はぁ、はぁ、はぁぁっ……」
なんだ、夢か……。本当に、この上なく嫌な感じの悪夢を見てしまったな……って、なんだ? 病室の空気がいつもと違うと思ったら、壁にかかった時計の針が、夜の九時のまま止まっていた。
妙だな。ちょうど消灯時間だったし、俺が寝たのもそれくらいだったはず。
ま、まさか、これは……。
クエスト【病院ダンジョン】が解放されました。
クエストランク:F++
クリア条件:ダンジョンのどこかにいるボスを倒すこと。
成功報酬:ステータスポイント20付与 レアスキル獲得 ※最初に倒した人限定
注意事項:患者には気をつけましょう。
「なっ……」
まもなく、俺の視界に大型のウィンドウが表示されてしまった。やはり、病院がダンジョン化していたのか。
俺が注目したのは、ランクのF++の部分だ。
難易度的には最低ランクのFだが、確かこれってEランクよりも上だったはず。変異が起こると難易度も上がるためにプラスの部分が新たに追加されるわけだが、稀に立て続けに起こることもあり、こういう現象が起こるんだ。
ほとんどのダンジョンのランクがFとEで、Dでさえ発生確率は0.1%程度だそうだが、変異が発生するのも同確率だといわれているので、それが二つ連続するっていうのは相当に珍しいんだ。
ダンジョン菌が変異した影響なのか、クリア報酬を二つも貰えるのでお得だが、難易度も不気味なくらい増しているはずなので楽観視はできない。それに学校ダンジョンのときと違って風間もいない。母さんと灯里がいないのは不幸中の幸いだが、完全に俺一人で戦わなきゃいけない状況。
さて、これからどうしたものか。ああでもない、こうでもない……。俺はしばらくその辺を歩き回りながら熟慮を重ねる。
まず、野球帽を助けに行くことは決まっている。そもそも、俺がこの病院にとどまったのは野球帽を守るためだからだ。以前あいつを見捨てるように逃げてしまったから、今度こそ助けてやりたいという気持ちが強い。
迷っているのは、一人で行くか、あるいはここでしばらく風間を待つかという点だ。普通は待つべきだと思うが彼は病院の外にいたわけで、時間帯的にもダンジョン化したことに気付かずに寝ている可能性が高い。
それに、どうにも嫌な予感がする。あんな夢を見たのもあるし、胸騒ぎがするんだ。俺は一刻も早く野球帽と合流しなきゃいけないような気がしていた。
よし、俺の心は決まった。風間についてはあとから来てくれることを期待して、一人で出発しよう。
以前と違うのは、レベルが少し上がっただけでなく、スレイヤーとしての自負があるってことだ。まだレベル10の半分でしかないレベル5だが、それでも構わない。
大体、レベル10からスレイヤーになれるっていうのも、協会が勝手に決めたことだからな。それを決めるのは誰でもなく自分でも問題ないってわけだ。
「…………」
俺は所持アイテムのウィンドウを表示させ、手元にデスサイズを出した。見惚れてしまうくらい美しい武器だが、魂を吸われるかのような底知れない危うさを兼ね備えていて、死を呼び込む効果があるというのもよくわかる。
そうだ、自分は一人じゃない。死神という相棒がいた。ともに野球帽のマーカーを目指し、ダンジョンと化した病院内を歩き始める。
もしかしたら学校ダンジョンのようにワープゾーンが邪魔をしてくるかもしれないが、マップウィンドウを見た限りだとあいつとの距離が近いように見えるだけに、なるべく早く合流したいところだ。
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