第51回 怒涛


「あっ……」


「ん、佐嶋よ、どうしたのだ?」


「い、いや、なんでもないです……」


「怪しいのー……」


 風間に疑いの目を向けられているが、彼には【クエスト簡略化】スキルがないんだから現状がわかるはずもない。


 というのも、ボスの体が点滅し始めていたのだ。まだかなりゆっくりではあるものの、弱り始めているという紛れもない証拠だった。


 このペースならそのうち倒せそうだな。こっちが反撃する機会なんて大してなかったのにこうなったのは、俺の連続攻撃も効いてはいるだろうが、それだけスレイヤーの風間の力が大きいんだろう。


「――スウウウゥゥッ……」


 デスマスクが吸息音とともに哀しい顔を覗かせたとき、俺は肝心なことに気付いた。


 そうだ、この局面だとボスはアシッドレインをしてくるっていうのに、この真っ二つに割れた大剣でどう凌げばいいのか。しかも所々罅割れてるし、これで果たして耐えられるのか……。


「風間さん、その剣、とりあえずくっつけてください」


「な、何を言っとるんだ、佐嶋よ……?」


「今のままじゃ酸の雨を凌げないですから!」


「あっ……そ、それはそうだなっ……だ、だが、これでは漏れるぞ……」


 風間が剣をくっつけたが、確かに今のままじゃ厳しそうだ。しかもカウントダウンが差し迫ってきている。どうするか……って、そうだ、一か八か、に賭けてみよう。


「フシュウウウゥゥッ……」


 吐息とともに怒涛の雨が降り注いできて心臓に悪かったが、大丈夫だ。酸の雫は今のところ内側のほうには漏れてこない。


 どうやって雨を凌いだのかというと、割れた大剣をくっつけた上、その中央に俺のツルハシを挟み込んだんだ。さらにその先端がいい具合に強酸の流れを別方向にずらしてくれていた。


「――や、止みましたね……」


「……う、うむ、止んだな……」


 かなり長い間続いたように感じたが、ようやく止んでくれたこともあり、俺たちは安堵した顔を見合わせていた。デスマスクは仮面をつけて待機状態に入っている。


 とはいえ、ホッとしてばかりもいられない。風間との勝負は続いているし、邪魔者が現れる可能性もあるからだ。


「ちょっ、風間さん……」


「ん? どうしたのだ?」


「剣が……」


 なんてことだ。風間が両手に剣を戻した途端、全体が崩れ落ちたのだ。


「も、持たなかったか……」


 やはり、羽田の念力で真っ二つにされ、罅割れた影響が大きかったんだろう。それに加えてボスへの攻撃、アシッドレインという負荷が加わり、こうなったというわけだ。


「風間さん、元気を出して――」


「――さ、佐嶋よ、そう言うお前さんのツルハシも……」


「えっ……? あっ!」


 俺のツルハシも、ほとんどが溶けたことで無惨な姿になってしまっていた。痛いが、まあ仕方ない。風間の武器と比べるとただの工事用のものだし、ここまでよく持ちこたえてくれた……。


 ただ、これで身を守るものがなくなった俺たちは、次の哀の顔までにボスを倒さないといけなくなった。まさに追い詰められた状況で、背水の陣もいいところだ。


「スウウウゥゥゥッ……」


 吸息音とともに仮面が剥がれ、デスマスクが喜の顔を露にする。


 ここは耳を塞いで耐え忍ぶしか……って、それじゃダメだ。この局面で、両手が塞がるからと俺は反撃する方法がないと決めつけていたが、それじゃ哀の顔までに間に合いそうにないし、耳を閉じたままでもボスにダメージを与えられる方法を考えないと。


 ただ、大剣とツルハシは壊れてしまってるし、どうしたら……って、待てよ? そうだ、武器がないことで、逆に思いついたことがあった。


「風間さん……耳を塞いだ状態でジャンプしましょう」


「へっ……!? さ、佐嶋よ、お前さん、正気なのか……?」


「両手は使えないので、頭突き、肘打ち、蹴り、体当たり……この中でどれか一つ、今のうちに攻撃方法を選んでおいてください」


「ちょっ、本気でやるつもりなのか……!?」


「もちろんです。このままじゃ、次にアシッドレインが来たときに全滅しちゃいますからね」


「……そっ、それは、確かにそうだの……」


 風間は怯んだ表情ながらも現状を理解したようだ。素手でもなんでも、今の俺たちはとにかく攻めるしかないんだと。


 さあ、ボスの攻撃が来るまであとほんの数秒しかない。


「フシュウウウゥゥゥッ――」


「――今ですっ……!」


 俺は既にどうやるか決めていた。耳を塞ぎつつ、風間とともに高く跳躍すると、ボスの輝く顔が近付いてきたところで空中で半回転し、両足で怒涛の足蹴りをかましてやった。


 よしよし。音は聞こえないしダメージは低かったかもしれないが、塵も積もれば山となる、だ。ちなみにその間、風間が体当たりをかましていたが、俺の派手な連続攻撃を前に霞む格好になったせいか少し悔しそうだった。


 俺たちが地面に着地してから天を見上げると、ボスの点滅速度がかなり上昇しているのがわかる。よしよし、狙い通りだ。この調子なら、心配したもののもうすぐ倒せそうだな。


 まもなくデスマスクが仮面を被り、束の間の安息のときが訪れる。


 次は楽の顔が来るし無の境地を強いられるので、ここでは無理をせずにじっとしていたほうがよさそうだ。怒りの顔のときにとどめを刺せるだろうし、それが万が一ダメでも、アシッドレインが降る直前に跳び上がって攻撃すれば、火傷を負う程度で間違いなく仕留められるはず。


「――スウウゥゥゥッ……」


 吸息音がしたのち仮面が壊れ、楽の顔が頭上に降臨する。


 カウントダウンも順調に進み、残り十秒を切ろうとしていた。さあ、いよいよだな。

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