第42回 悲観
「…………」
なんとも物悲しそうな顔をしたデスマスクを前にして、俺は言いしれようのない不気味さを覚えていた。
危機感という意味では、その前に見せてきた鬼のような形相よりもずっと感じるものだ。
風間もそれをひしひしと感じているのか、焦った表情で俺のほうを何度もチラチラと見てくるのがわかる。スレイヤーの癖に、俺に対して早く何か指示しろとでも言わんばかりだ。
「風間さん……そんなに見られたら気が散ってしょうがないですよ。そのときが来たらちゃんと教えるんで、少しは落ち着いてください」
「……お、落ち着けと言われてもな、ボッ、ボス戦だぞ? む、無理無理っ、絶対無理っ……!」
「はあ……もうダメだ……」
「……そ、そこまで悲観せんでもっ……!」
俺はあえて風間をさらに焦らせる作戦に出たわけだが、それが功を奏したのか少し落ち着きを取り戻しているのがわかる。焦りに焦りを加えることで、自分がやらなければいけないっていう心境になり、焦燥感を相殺できることもあるんだ。
彼はボス戦に限らずずっとこの調子なものの、それでも桁外れな力を持つスレイヤーであることに変わりはない。俺はそう遠くない将来、彼の力を借りなければならないときが来るような気がしていたから、多少なりとも冷静さを取り戻してくれたのは大きい。
お、ボスによる攻撃のカウントダウンが始まった……って、なんだ、あと20秒も余裕があるのか――そう思った矢先、俺の脳裏に絶望という文字が浮かんだ。
な、な、なんだこりゃ……? いつものようにウォーニングゾーンが周囲に展開されていったわけだが、宙を含めて、ありとあらゆる場所が真っ赤に染まっていたのだ。
突っ立ったままでもダメ、ジャンプしてもダメなら、一体どうすりゃいいっていうんだ。これってつまり……あれか? 逃げ場はもうどこにもありませんので、どうか大人しくここで死んでくださいってか……?
遂に残り10秒を切った。カウントダウンも相俟って、デスクマスクの悲しげな顔が、まるで俺たちの悲惨な行く末を憐れんでいるかのように見えてくる。これから死にゆく惨めな挑戦者たちよ、涙を流して悲しんであげましょうと。
だが、それが俺にとっては逆に燃える材料になった。見てろ……絶対にお前の思う通りになるものか。どんなところでもいい、ほんの僅かな場所でもいい、青いセーフゾーンを見つけろ、探し出すんだ。だが、いくら目を凝らしたところでそんな場所はどこにもない。もう、ダメだ。ボスの涙が降り注ぐ――
「――はっ……」
涙? そ、そうだ、それだっ!
「風間さん、傘をさしてください!」
「傘あっ……!?」
「傘傘傘っ! 早くっ! けっ、剣の傘あぁっ――!」
「――フシュウゥゥゥッ……」
吐息のあとで猛烈に降り注いできた雨を、俺と風間は凌ぐことができていた。すぐ頭上にあるのは彼の大剣で、足元は青いセーフゾーンになっていた。
風間がこれを構えていたとき、その下は青くなっていたはずだが、普通に構えていたことで範囲が狭かったのか見えなかったのだ。涙から連想して、雨のような攻撃が来るんじゃないかと思い、ようやく剣を利用すればいいってことに気が付いた。危なかった……。
「――あ、アチアチッ!」
雫が風間の手に当たったらしく、酷い火傷を負っているのがわかる。
「か、風間さん、剣を揺らさないでくださいよっ!」
「わ、わかっとるうぅ……!」
たまに雫が足元に跳ね返ってくるわけだが、靴を履いている状態でも焼けるように熱い。これが強酸の雨ってやつだろうか。やたらと長く降り続くし、もし風間の剣がなかったらどうなっていたか、想像するだけでもおぞましい……。
お、ようやく無慈悲な雨が止んだ。今回も前回と同様、攻撃してきた直後にボスの本体がフラッシュしていたのが確認できたものの、この悲しい顔面に関しては遠距離による攻撃手段がないと厳しいだろう。
まもなくデスマスクが仮面を被り、束の間とはいえ平和な一時が訪れるが、まだ胸の鼓動は高鳴っていた。本当に心臓に悪いやつだ……。
「――スウウゥゥゥゥゥッ……」
やがて、俺たちの安息の終わりを告げる吸息音をボスが発し、仮面が崩れていく。怒りの顔、悲しい顔ときて、次はどんな顔が飛び出すのやら。それはある程度予想はできるが、攻撃パターンはまったく予測できないので暗澹たる心境だった。
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