第39回 導き


「…………」


 いち早く野球帽の藤賀を探し出して合流するという最初の目的から、学校ダンジョンを攻略する方針に切り替えたとはいえ、俺はあの場から逃走したという事実をずっと引き摺っていた。


 いくらそれしか選択肢がなかったとはいえ、逃げたことに変わりはないからだ。それも、俺の憧れのスレイヤー像を木っ端微塵にしたあの二人――虐殺者の羽田京志郎と破壊者の鬼木龍奈――に恐れをなして退散した格好ってことで、悔しさも倍増していた。


「さ、佐嶋よ、顔が鬼のようだぞ……」


「……そ、そうですかね」


「う、うむ……」


 風間もギョッとした顔で二度見してくるほど、俺はいつの間にか恐ろしい形相になっていたようだ。


 とはいえ、難航した野球帽の藤賀探しとは一転して、俺たちはスムーズに先へ先へと進むことができていた。


 なんせ、こっちには超レアスキルの【クエスト簡略化】があるんだ。ボスがいる方向を矢印で的確に教えてくれるんだから、これほど楽なことはない。ワープゾーンがどこにあるかわかりにくいところであっても、矢印が導いてくれるので簡単に触ることができる。


 こんなことになるなら、最初からボスを探していればよかったんじゃないかとも思うが、急がば回れってやつで、今回は色んなことを経験できたからむしろよかったんじゃないか。


 その中でも最も大きかったと思うのは、やはり羽田と鬼木の戦いを間近で見られたことだ。二人とも吐き気を催すくらい自分勝手でどうしようもないクズとはいえ、スレイヤーとして最高峰の力を持っていることに変わりはないしな。嫌というほど味わったこの屈辱を燃料にして、一秒でも早くあのレベルに近付きたいものだ。


 それにしても、藤賀が一体どういう状態だったのか、結局わからずじまいだったのが気懸りだ。どうしてあの場所にいたのか、マーカーが一向に動かなかったのか……知りたかったことは山ほどある。


 確かにあいつは協力を拒んだり、山室が死んだことを俺のせいにしてきたりと、なんとも生意気で頭にくるやつだったが、それでも最後まで一緒に戦ってくれたパーティーメンバーだし助けたいという気持ちはある。


 頼む、俺たちがダンジョンを攻略するまで、どうか生き延びていてくれ……。


「――ちょ、ちょっといいか、佐嶋よ」


「え?」


「なんか、やたらとスムーズにワープポイントを選んどる気がするのだが、どうしてわかるのだ……?」


「あ……」


 そうだった。俺がこういう便利なスキルを持っているってことを、風間は知らないんだったな。まるで初めからわかっているかのように的確にワープゾーンを踏んでたから、そりゃ怪しまれるか。


「……あ、あれですよ。今までのパターンを解析したってことですよ。それと、俺って勘もいいほうなんで」


「……な、なるほど……確かに、佐嶋の勘はかなりいいほうだったのう」


「…………」


 多分、上手くごまかせたと思う。勘がいいのはコンビニダンジョンで一緒だったから理解できるだろうし、問題ない。味方とはいえ風間は口が軽そうだし、とにかくこのスキルについてはなるべく他言しないほうが身のためだ。


「――グガアアアァァッ!」


 初めて訪れた美術室にて、風間の大きな剣による一撃が決まり、マスクマンが石膏像を巻き添えにして消滅する。


「どうだ、佐嶋よ、見たかぁっ! わしの怪力っぷりを。むんっ……!」


 興奮した様子で袖を捲り、力こぶを俺に見せつけてくる風間。今、微妙に羽田の真似をしてたな。かなり調子に乗ってそうだからむかつくが、これからボスを倒さなきゃいけないってことで、風間の体を温めるためにもと俺が譲った格好なんだ。


「風間さん、それはわかりましたけど、あとで割れた石膏像の弁償もしないとダメですよ」


「まったく、佐嶋はいちいち細かいのう……」


「俺が学生の頃に写生したやつだから思い入れがあるんですよ。それに、肝っ玉が小さいよりマシですよね?」


「ぐ、ぐぬぅ……言うのー、言うのー……」


 風間、顔を赤らめて悔しがってるな。よしよし、これでいいんだ。スレイヤーの彼が力を発揮してくれないと、超レアスキルがあるといっても一般人の俺だけじゃ到底勝てないだろうしな。


 ……お、片隅にある画架イーゼルに置かれた絵画がワープゾーンになっていて、その先にボスがいると表示された。あれに触れれば学校ダンジョンのボスがいる場所へ飛べるってわけか。いよいよだな……。

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