第30話 棚からぼたもち・後編
―次の日―
鳥の鳴き声で目が覚める。朝が来た。今日やる事は……、銀行へ行き、口座の準備ができたか確認と、シティリアに授業料の支払い。その後、お城へ戻り“本の事”を話す。よし、起きよう。ソファーから体を起こし、背伸びをする。
「あら、起きたのね。おはよう」
既にシティリアは起きていたようだ。
「おはよう。シティリア」
朝食の準備をしてくれている。何か手伝おうかと声を掛けたが、待っていれば良いと断られてしまった。私は待っている間に、昨日の勉強の復習をする。文字だけならば何となく覚えてきている。あとは、同じことの繰り返しだ。そのうち単語も覚えられるようになるだろう。
シティリアが用意してくれた朝食を済ませ、王都の中心へ出かける準備をする。近所の住民に御者を営んでいる人がいるので、お金を支払い、馬車に乗り王都まで乗せてもらう。
ああ。馬を見て思い出した。騎乗訓練をリンに近いうち、お願いしないと……。考え事をしたり雑談をしているうちに、町の中心に到着する。馬車を降りた私たちは先ず最初に銀行へ向かう。
受付に並び、自分の番が来るのを待つ。今日も応対してくれたのは昨日の男性銀行員さんだった。
「ライチャスネス様。お待ちしておりました。準備は出来ております。こちらの書類を差し上げますので、後ほど目を通しておいてください」
書類を渡される。すまない。ああ、そうなんだ。
シティリアに支払う授業料も充分足りる金額だ。手持ちで使えるお金をおろし、支払いを済ませ、銀行を後にする。ここからお城までは歩いて行く。この辺はもう見慣れた街並みだ。私もこの街に大分馴染んできたという事だろう。
お城の門番の人にも事情を説明し、シティリアと共にお城の中へ入っていく。
ん? シティリアが何か言いたそうな顔をしている。
「こうしてライチャスネスがお城に入れてしまう事に現実味を帯びるわね。普通の人はお城に入れないんだけど」
「ああ、まぁ。そう、思うよな……。たまに自分がここに居ていいのか悩む事がある。最近慣れて来たけど」
シティリアを連れて城の中を案内する。奇妙な光景だ。この世界の人間ではない私が、案内人をするとは。ついこないだまで、私が案内される立場だったというのに。お城の中を全部知っているというわけでもないけどね。
村瀬さんはもう日本に戻ってしまったかもしれないが、お師匠様かチャップさん、誰かしらはいるだろう。順番的には、チャップさんに最初に会えれば良いんだが……。いきなりお城の中でお師匠様(王女様)に謁見しに行くというのも、立場的に不味いであろう。
ということで私たちは、チャップさんに会うため執事室へ向かっている。コンコンとドアを叩き、中に誰かいないか確認する。
聞きなれた声が聞こえてきたので、挨拶をしながら部屋に入る。
丁度、チャップさんも自室で執務中だったようだ。
「チャップさん。お出かけから戻ってまいりました」
「おかえりなさいませ、ライチャスネス様。そちらの方は?」
私はシティリアを紹介しようとしたが、彼女は私の横をすり抜け、自身で挨拶を行った。
チャップさんに対して丁寧にお辞儀をする。
「初めまして。私の名前はシティリアと申します。この街で冒険者として活動させて頂いてる魔法使いでございます」
「これはどうも、ご丁寧に。私の名前はチャップと申します。このお城の執事長でございます」
シティリアと私は事情を説明し“異物についての研究を記録した本”と、その複製本をチャップさんに渡した。
「これは……」
机に本を広げ、内容を確認するチャップさん。
私たちも傍にある椅子に座り、反応を
「いやはや、これは素晴らしい。この本。しばらく預からせて頂いてもよろしいでしょうか?」
シティリアは笑顔で答える。
「いえ、差し上げますわ。元々私の物ではない……というのは言い訳になってしまいますが、私が持っていても有効活用する方法が限られますからね」
私は疑問に思った。
「ん? 有効活用する方法とは?」
「そうね、例えば、“異物の知識を欲している人”に大金で売りさばくとかね。ま、勿論そんなことをするつもりは無いけどね」
確かに、これだけ密度の高い情報なら、お金を出してでも買いたいと思う人は現れるか……。
チャップがさんが続けて話す。
「シティリアさん。ありがたくこちらの本を受け取らせて頂きます。お礼として、そうですな、先ほどの例を持ち出すならば、謝礼金などは如何ですかな?」
笑顔で交渉の場にシティリアを上がらせるチャップさん。両者の間で駆け引きが行われようとしている。
チャップさんの提案に、シティリアは首を振りながら即座に回答した。
「先ほども申しました通り、そちらの本は
チャップさんは笑顔で答える。
「ええ、聞きましょう。何ですかな?」
「ライチャスネスからある程度の話は聞いております。その話を聞いて私はひとつ、考えていた事がございます」
ちなみに私ことライチャスネスは、傍にはいるが蚊帳の外である。
「ほう。考えていた事とは?」
「“ライチャスネスは異世界人である”と本人から聞かされまして、私はその“異世界”とやらに興味が湧いたのでございます。つまり、私もその“異世界”に行ってみたいのです」
チャップさんは腕を組み、目をつむりながら
「なるほど、そうであろうとは想像はしておりました。異世界ですか」
シティリアは畳みかけるようにチャップさんに提案を続ける。
「勿論、ただ『旅行に行きたい、その世界を知りたい』と申すわけではありません。私もその異物回収の使命に加えて頂けませんか?」
シティリアがそんな事を考えていたなんて……、勿論、まだ私は蚊帳の外である。
「ふむ……。シティリア様の“提案”とやらは、しかと承りました。しかし、では『こちらもよろしくお願いします』と答える権限は私にはございません」
「承知いたしております」
「では、この話は一度こちらに預からせて頂きまして後ほど回答という形でよろしいですかな?」
「ええ、それで構いません」
話し合いは笑顔で終了した。そろそろ私も会話に混ざれそうだ。
「ふう。なるほど、シティリアも私の世界に来たいって――」
その時、執務室のドアが開く音と共に誰かが入ってくる。
ノック無しでこの部屋に入れる人物と言えば――。
「途中からドア越しに聴こえてたけど、面白そうな話をしていたじゃない?」
お師匠様だ。
「これはミオ王女殿下様」
チャップさんが席を立ち、礼節を正す。シティリアも同様に平伏する。
私も釣られてチャップさんの横に並ぶ。
「面を上げい、皆の者よ。それに、チャップよ。私がそういうのは気にしないのは知っているでしょう?」
私たちは立ち上がり、チャップさんが師匠の問いに答える。
「城の外の者がおる以上、そうはいきますまい」
「して、この者が異物回収の任に当たりたいという……」
お辞儀をしながらシティリアは自己紹介をする。
「私の名前はシティリアと申します。この街で冒険者として活動させて頂いてる魔法使いでございます」
お師匠様にも、私たちの事情を説明し、事のいきさつを話した。
「なるほど、分かりました。シティリア、貴女を
「心得ました。ミオ様」
「異世界では、私は仮の名で
チャップさんがシティリアにお辞儀をし、無言で肯定する。
お師匠様が私を見て、思い出したかのように話しかける。
「ああ、そうそう、ライチャスネス。今日は貴方を探していたのよ」
「私ですか?」
ん? 何だろう。
「ええ、最近忙しくて特訓の相手をできなくて済まなかったわね。私が貴方を特訓するつもりでこっちの世界に呼んだのに」
「いえ、色々と学ばせて貰っていますよ」
お師匠様は笑顔で肩を鳴らす。これは、
「冒険者としても活躍していると話は聞いております。それはさておき、この後、時間はあるんでしょう? シティリアはチャップと色々と話してもらってる間に、私たちは訓練と行きましょうか」
私はお師匠様に連れられ、訓練場に向かうのだった。
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