第16話 もふもふの誘惑

——学校——



『三年B組の蓮根蓮君、生徒会室まで来てください。繰り返します、三年B組の蓮根蓮君……』



 昼休み、蓮は校内放送で生徒会室に呼び出された。

 ざわつく教室内。



「蓮……お前、何やらかしたんだ……」



 そう言ったのは、蓮と同じクラスの友達、高梨たかなしゆうである。


 直接言うのは恥ずかしいので言わないが、蓮は高梨の事を親友だと思っている。


 先程まで、蓮と遊はトランプで遊んでいた所だった。



「し、知らないよ……僕は何もしてない……」


 そう言う蓮の声は、心なしか声がうわずっている。

 理由は分からないが、呼び出した相手の想像はつく……多分、古都華だ。



「取り敢えず行ってきなよ……」

「あ、ああ」

 遊はトランプを片付け、蓮を送り出した。




——生徒会室——



「……は、蓮根です」


 蓮はガラガラと扉を開けて生徒会室に入った。



 生徒会室の中には、円卓があり、奥に生徒会長の高麗こうらいじんが座っている。


 そしてその横に副会長の加賀かがしずくがパソコンに向かって何かを打ち込み続けていた。


 そして手前には、福羽ふくば古都華ことかが座っていた。



 古都華は振り向くと蓮を見るなり、笑顔で手を振る。


「蓮君、こっちこっち」


 古都華は、自分の横の席を進める。


「あ、あの……何の用でしょうか……」

 蓮は立ったまま、古都華に恐る恐る聞く。



「何って……もちろん【コンフィズリーズ】の事に決まってるじゃない」



 やっぱりか……蓮はそんな予感がしていたが、まさか構内放送で呼び出されるとは思っていなかった。


「ささ、取り敢えず座った座った」


 古都華はしきりに蓮を座らせようとする。仕方なしに蓮は古都華から一席空けて円卓に座る。



「ほら、蓮君に【コンフィズリーズ】に入ってって勧めたけど、相方さんの返事次第って事で返事待ちだったじゃない。それで、どうなったか聞こうと思ってね」


 たしかに、蓮は古都華に返事を返そうと思っていたのだが、なかなか古都華と話す時間が作れないでいた。


 学校では、古都華は女子のグループ、蓮は男子のグループ同士で集まっている事が多く、あまり接点がない。


 加えて、古都華はザラートワールドを遊んでいる事をあまり大っぴらには言っていない為、突然蓮がその事で話しかけて良いものなのかと迷っていて、結局話しかけられないでいた。


 そんな蓮の逡巡を察していたのか、突然昼休みに生徒会室に呼び出された……という訳である。



「えっと……」

 蓮は一瞬、言葉に詰まる。


「あ、ここなら大丈夫よ。生徒会長は同じギルドの『ライ』だし、加賀さんもザラートオンラインやってるのよ」


「加賀さんも……やってるんですか」

 蓮は意外な事実を聞かされて驚いた。


 生徒会副会長の加賀しずくは、蓮からは一つ下の学年であり、接点はほとんどないが、たまに全校集会などで見かけてはいた。


 長く伸ばした髪を後ろで縛り、いつもメガネをしていて、生真面目そうな印象だった。


 しずくはパソコンに打ち込んでいた手を止め、真顔で蓮の方を見る。

 そしてまたパソコンに向かい、無言で何かを打ち込んでいた。



「でも、残念ながら加賀さん、何度聞いてもハンドルネーム教えてくれないの。ゲーム内で会った事はないのよ……一緒に遊びたいんだけど……」

 古都華は残念そうに言う。



「まあいいじゃないか……それより蓮君、返事は決まったのかい」

 横にそれていた話を、仁が元に戻す。


「あ、はい。……結論からいいますと、ギルド加入はオーケーです。ぜひ、僕達二人を入れてください」

 蓮は古都華と仁を交互に見ながらそう言った。


「ほんと?やった、これで楽しくなるわね……」


「でも、一つお願いがあります」


「え……何?」


「僕の相方、シュバルツの正体が誰かは、しばらく詮索しないで欲しい……という事です」

 蓮は澪に言われた事をそのまま伝える。


「そう……わかったわ。プライベートの事ですものね。構わないわよ」

 古都華は、一も二もなく即答した。


「ありがとうございます」


「もともと、詮索するつもりはなかったし……ね。ライ、いいでしょ?」

 古都華は仁に聞く。


「ああ、構わない……しかし、『詮索しないで欲しい』……という事は、蓮君は知っている、という事だね。そして、詮索されやすいと言うことは、学生なのかな……もしかしてこの学校の……」


「ラーイー!……せ・ん・さ・く・す・る・な……って、言われたばっかでしょうが!」

 古都華は口を膨らませて怒る。



「あ!すまんすまん……つい癖で……これ以上は何も聞かないから安心してくれ、蓮君」


 仁は慌てて蓮に謝る。

 それを見て、加賀しずくもクスッと笑ったように見えた。


「では、改めてよろしくね、【コンフィズリーズ】にようこそ、レンくん」

 古都華は蓮の手を握って、にっこり笑う。蓮は思わず顔が紅潮するのを感じ、慌てて目を逸らす。


「はい、よろしくお願いします」


「さっそくなんだけど蓮君とシュバルツさんに一つ、お願いがあるのだけど……いいかな」


「え……なんですか」


「その、できれば……地図マップをね……取ってきてもらいたいの……」


 古都華は蓮の手を握ったまま、上目遣いに蓮を見つめる。


地図マップ……ですか……」



 説明しよう


 ザラートワールドでは、遠い場所へ転送魔法テレポートを使う事で一瞬にしてワープできるのだが、プレイヤーが一度も言った事がない場所にはテレポートする事ができない。


 テレポートを行える条件は、転送門ゲートと呼ばれるオブジェクトに触れる事である。

 転送門ゲートはそのものズバリの門の形をしている事もあれば、石像や宝石オーブの形をしているものまで様々だ。

 未知の土地でそれらに触れる事によって、ログアウトした後でも次からは転送魔法テレポートでワープできるようになるのだ。



 しかし、転送門ゲートの位置はどこにあるかわからない為、最初は見つける事ができないようになっているのだ。

 それを見つけられるようにするアイテムが、地図マップである。



「そう……最初は、みんなが集まれる時に一緒に行きたいなって思っているんだけど、最初は転送門ゲート探しにしておけば、次からみんなすぐ転送魔法テレポートで集まれるじゃない。だから先に地図マップだけ探しておきたくて……」


「そうですね。地図マップはギルドメンバーの誰かが持っていれば全員で共有できますし、最初は転送門ゲート探しから始めるのは良いと思います」


「でしょ。で、地図を探しに行きたいんだ……けど……」


「……けど?」


「ほら、最近『もふもふオンライン』の新作が出たでしょ……」


「出ましたね……」



 古都華が言うのは『集まれ、もふもふの森オンライン』である。もふもふオンラインシリーズ最新作で、もふもふの動物達と一緒に森でスローライフが遊べるフルダイブVRゲームのシリーズだ。


 今度は無人島にプレイヤーが家を建てて家具を配置したりもできるらしい。

 『集まれ、もふもふの森オンライン』はまだ出たばかりで、蓮のクラスでも大人気だった。



「今、女子グループでものすごい流行っているのよ……それで私も誘われてて……」


「はいはい……いいですよ……分かりました。代わりに僕が地図取ってきます……」


「ほんっと、ごめん!ほら会長ライも一緒に謝って!」

 古都華はとても申し訳なさそうに頭を下げる。


「なんで俺が……」


「だって最初、会長ライに頼んだら忙しいって断ったじゃない……だから蓮君がおつかいする事になったのよ」


「すまない……蓮君……」

 会長もとても申し訳なさそうに頭を下げる。


 加賀しずくはパソコンを打つ手が止まって、指がぷるぷると震えている。笑いを堪えているようだ。


「いやもういいです。やります……やりますよ……どうせ、シュバルツも今週は忙しいので来られないんです。僕一人で行って、ヴァシュランの地図マップ取ってきますから、そうしたら皆で行きましょう」


 蓮はため息をついた。


「ほんと!助かるわ!蓮君ありがとう!」


 古都華は再び蓮の手を取り、上目遣いに微笑む。


 蓮は、再び顔が紅潮し、慌てて目を逸らす。 

 この人の笑顔には勝てないな……そう思った。



——教室——



 蓮は再び、教室に戻ってきた。

 教室では、高梨遊が蓮を待っていた。


「蓮……大丈夫か?なんか顔が疲れてるぞ……」


 遊は、生徒会室から戻ってきた蓮の姿を見て、心配そうに駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫。大した用じゃなかったよ……」

 蓮は適当に取り繕った。


「そ、そうか……まあ、それなら良いが……」

 遊はまだ少し心配している。


「生徒会室といえば、そういえば福羽さん生徒会役員だな……生徒会室にいたか?」


「福羽さん?ああ、居たけど……なんで?」


「最近、女子たちの間で『集まれ、もふもふの森オンライン』が流行ってるじゃん……俺、この前聞いちゃったんだよ。福羽さんも他の子に誘われて、今やってるらしいんだ。それで俺も始めたんだよ」


「遊……お前……まさか……お前も『もふもふの森』派なのか……」



 蓮と遊は元々、二人でザラートワールドで遊んでいた。

 しかし、遊の方が先にザラートを遊ぶのをやめて他のゲームに移ってしまった。

 それでも蓮は、ザラートワールドに残って遊んでいた。そして澪や古都華たちと出会う事になったのである。


「ああ……。なあ、蓮も『もふもふ』やろうぜ。ああ、そして、うまいこと古都華さんを誘えないかな……」


 遊は古都華ともふもふの森できゃっきゃうふふしている所を想像して、一人悦に入っている。


 蓮は、空想の世界に入り込んでいる遊の肩を揺すって、現実に引き戻す。


「ま、待て……遊……話がある……」


 蓮は、遊にはちゃんと話しておかねばなるまい……と思った。

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