39 夢心地のウィザード
「おとぎ話、好きなんだね」
(クソ……!)
にんまりとやけに優しい顔でそう言ってくるフィリアに、ウィズは頬を赤くして視線を反らし続ける。
思わず興奮してしまった。『テレポーテーション』、『
「……大事な『家訓』に従わなくていいんですか?」
ウィズは無意識のうちに、本心から拗ねていた。目を反らしたまま、口をとがらせる。
「ここは隔離された空間よ。誰も中は覗けないわ」
「……そうですか」
相も変わらずどこか楽しそうに笑いかけてくるフィリア。ウィズはどうしようもなくそっぽを向いたまま、部屋の内装をじっくりと見てみる。
高い天井は二階と突き抜けになっているからであった。二階の足場部分の下に本棚が設置されており、本棚があるのはそこらだけのようだ。
目の前には階段があり、一階と二階の半分ほどの高さに踊り場があって、そこから先の階段は左右に分かれている。
踊り場の壁には幾何学的な紋章が取り付けられていた。中心の点を三つの孤が囲んでおり、その孤と孤の間には線分。それを囲む円と三角形、新たな線が複合した紋章である。
どこかで見たようなことのあるそれを見据えていると、フィリアが告げた。
「あれは『アーク家』の紋章よ。……今ではあまり使わなくなってしまったけどね。一部の人には秘密扱いされてるの」
「へぇ……」
フィリアの言葉にウィズは素直に相槌を打つ。紋章の見た時から、羞恥によるフィリアへの反抗心のようなものは消えていた。
――なんだろうか。その紋章には不思議な力があるようだった。心が落ち着くような、まるで故郷の空気が肺にそよいできたような。
そうやってウィズが紋章に見とれていると、フィリアがこそこそと口を開いた。
「あの……ウィズ?」
「? はい」
すでにフィリアへ恥じらう感情は消えうせている。ウィズは特に弊害もなく、きょとんとした顔でフィリアの方を向いた。
「その……もう手を繋いでる必要はないんだけど……」
頬を少し染めながら、今度がフィリアが瞳を反らしてぼそりと告げる。
ウィズはハッとして、いつの間にか握りしめていたフィリアの手を見た。確か『テレポーテーション』の扉をくぐる際に、フィリアの手を取ってそのままだった。
「あっ……」
目の前に夢のようなことが起こりすぎたせいで、彼女の手を握りっぱなしでいることなど、完全に眼中になかったのだ。
「す、すみません……」
「いえ……」
ウィズはゆっくりと握りしめた手を離しながら謝罪する。フィリアもそれに応じつつも、どこか寂し気に目を伏せた。
ちょっとだけ気まずい沈黙が流れる。なんとなく嫌だったので、ウィズがその沈黙を破った。
「……ここに来たのは『
「そ、そうだったね……」
フィリアは咳ばらいをすると、ウィズの前を歩いて階段に向かう。そんな顔の見えないフィリアをウィズは追った。
(そうだ……こんなことに惑わされてる場合じゃなかったな……)
ウィズは彼女の背中を見つめる。腰には『怒りの森』で入手した魔剣『フレスベルグ』を差しており、その魔力は健在である。
(『東棟』に行く前にフィリアが見せた殺気……。あれには――)
今は大人しい魔剣『フレスベルグ』を目を細めて睨む。実に禍々しい魔力を含んでいるようだが――。
(やはり、
それは『怒りの森』で初めてフィリアが手にした時よりも、忌々しい負の魔力は色
代わりに、『正の魔粒子』が混在していた。といっても、それによって『フレスベルグ』そのものの格は落ちていない。
それどころか、正と負の両方の魔粒子を
それ自体は問題はないのだ。問題は"消えた『負の魔粒子』がどこへいったか"ということ。
「……」
ウィズはじっと、フィリアの背中を見つめる。
先ほど、魔術師たちを治めるためにフィリアが放った殺気。その殺気を前に、ウィズは確かに感じたのだ。それは本来、単純な
――『負の魔粒子』の存在を。
「着いたわ」
フィリアの声がして、ウィズは現実に意識を回帰させた。
さっきまでとは打って変わり、ちゃんとした木の扉が目の前にはあった。フィリアがそれを開けると、涼しめの風が二人を迎え入れる。
「ここよ」
「おお……」
黒く質感のある黒曜石で形どられた部屋がそこにはあった。ウィズはフィリアに続いて中に入る。
中央には作業台があり、その周囲には多種多様な金属や錬金草、さらには『スーパーケロタキス』を筆頭に錬金用の道具が並べられていた。空に浮かぶ星の場所を簡易的に立体視できる魔道具『
貴重なものは戸棚の中に入っているようで、引き出しにはその名札がつけられているようだ。
ウィズもこれほど充実した部屋は見たことなく、目を丸くしてぼやく。
「この品揃え……素晴らしいですね……」
「『アーク家』なりに、最上級のものを用意したつもりだよ」
驚くウィズを見たフィリアは、その豊富な胸の下に腕を組んで自慢気に告げた。銀色の髪が揺れる。
「さてと……早速だけど、やってもらうね」
そう言いながら、フィリアは魔剣『フレスベルグ』を引き抜いたのだった。
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