28 しばらく閉店

 三人は屋敷へと戻った。中へ入る前に、勝手口前で待機していた使用人に持っていたランプを返す。


「今日のところはもう休むことね。貴方たちの客室はもう用意してあるわ。ディナーもこの後部屋に届けるから、部屋で待機していなさい。御手洗いやお風呂については――」


 屋敷の廊下を歩きながら、ウィズとソニアはフィリアの説明を聞いていた。


 ウィズとソニアがしばらく住むことになる客室は『西棟』の二階にあること。


 玄関ホールから大広間、晩餐室、談話室などがあるのは『中央棟』。『中央棟』は基本的に高い天井で吹き抜けになっており、高いところに部屋は存在しないらしい。


 『中央棟』一階フロアのそれよりも上、便宜上の二階には『アーク家』の人間が住んでいるようだ。その部屋割りなどは全く明かされなかったが。プライベートの領域であるし、そこは当然であろう。


 残る『東棟』だが――フィリアは『立ち入り禁止区域』とだけ言い、他のことは何も教えてくれなかった。


 説明を聞きながら歩いていたら、いつの間にか『西棟』の二階まで来ていた。


「ソニアの客室はここよ。自由に使って構わないわ。何かあれば使用人を捕まえて使いなさい」


「はい。それではお先に失礼いたします、フィリア様。……ウィズも、今日は色々ありがとうね! 『あの話』のこと、良かったら明日にでも……じゃあね」


 それだけ言って、ソニアはあてがわれた部屋へと入っていく。


 ウィズは一瞬だけ彼女が言った『あの話』――それはソニアに魔力に関する修練をつけることに関してだろう。


 『強くなりたい』というソニアのお願い事に、ウィズは協力することになったのだった。


(……まあ、強くなるに越したことはねーしな)


 そのことはしっかりと頭にとどめておくことにしたウィズ。


「……貴方の部屋はもっと奥になるわ」


 と、ソニアを部屋に案内したところで、今度はウィズの部屋を案内し始めるフィリア。ウィズはそれに続いた。


「……この魔剣『フレスベルグ』に『祝福付与エンチャント』をするのは明日になる予定。だから心の準備をしておきなさい。貴方の『祝福付与エンチャント』の詳しい可動範囲については明日改めて聞くわ。


 それと、今日馬車を襲ってきた襲撃者についてだけれど……。貴方が連れ帰ってきた者たちは今頃尋問されているはずよ。明日は貴方にも尋問するから、そのつもりで」


「はい、かしこまりました」


 昂然こうぜんたる態度でフィリアは告げる。廊下を歩く二人に、通りかかった使用人は皆足を止めては頭を下げていた。


(屋敷の中でも他人の目があるってのも考え物だな……)


 ウィズはそんな彼女の心境を察して内心苦笑する。


 フィリアの『家訓』に対する撤廃したいという意志や素の性格からして、この態度を貫くのはかなり精神が消耗するはずだ。しかしそれを涼しい顔でやり遂げているのを見るに、割と苦労人なんだと自覚させられる。


「ここが貴方の部屋よ。明日、完全な『祝福付与エンチャント』をするためにも、今日はゆっくりと休みなさい」


「はい。では、失礼いたします。お休みをいただきます」


 自分の部屋をあてがわれたウィズはお辞儀をすると、扉を開けて部屋の中に入っていった。


 中はパッと見でもかなり豪勢で、ベットから机、カーペットにランプの装飾までが久しぶりに見る貴族のものだった。どこか既視感を得ながらも、部屋の中心へと足が進んでいく。


 ――と、そこで後ろから袖を引かれた。ウィズは反射的に振り返る。


「……また、このあと、来るからね」


 そこには半開きの扉からちょっとだけ手を出し、ウィズの袖を引っ張るフィリアの姿があった。


 しかしすぐに袖から手を離すと、その場を離れる。扉が閉まり、一室の密封感に辺りは沈んだ。


「……」


 ウィズはちょっとだけ閉まった扉を見つめていたが、すぐに視線を切り替えて部屋のランプをつける。


(……今日は休め、ねぇ)


 ウィズはそのまま部屋の中を隅々まで探り始めた。


 タンスを開け、クローゼットを全開きにし、机の引き出しも全開にする。ベッドの下からカーペットの下、ランプの裏や天井に至る隅々まで確認した。


 次に机の四隅にでっぱった支柱の先の装飾も魔法で外し、中身を確認する。


 それ以外にもランプの装飾も全てチェックしたり、羽ペンを分解して中身を見たり、果てには窓を開けて外の壁に何か取り付けていないかなど、全てを虱潰しらみつぶしにした。


(……盗聴、盗撮といった魔道具や魔法の存在は見当たらない、か)


 とりあえず異常がないことを知るや否や、開けたクローゼットなどを閉めて、ウィズはイスに座る。


 そして引き出しに入っていた紙を取り出し、ペンを手に取った。


(雑貨店の方にも気を配っておかないとな……)


 そう思ってウィズが書き出したのは、お店のお得意様に対する手紙だった。


 フィリアの護衛兼『祝福付与者エンチャンター』を務めることになったため、雑貨店は。それの報告の手紙を書こうとしたのだ。


 しかし、真っ白な紙に一筆目を書こうとしたところでウィズの手が止まる。


 そして自嘲気味に笑った。


(『しばらくの間、閉店』……ね)


 イスの背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。


(このまま『ブレイブ家』に復讐を遂げても、遂げられず失敗しても……オレに帰る場所なんてないってのに……)


 そしてウィズは羽ペンを握ったまま、机に突っ伏したのだった。

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