25 屋敷と幻想
馬にゆらり穏やかに揺れながら『アーク領』へ向かう――なんて想像は幻想であった。
「……っ」
ぐらりぐらりと揺れまくる馬の上で、ウィズはうなだれていた。
(いくらなんでも……乗馬がヘタすぎんだろ……)
自信満々な顔で馬に乗っているアルトであるが、その後ろで同乗しているウィズはそんな顔できそうにない。それほどまでにアルトの操縦はひどすぎた。
現在、すでに『アーク領』に踏み入れてはいるものの、その自覚はウィズにない。真っ直ぐ走っているのに、ぐねぐねと蛇行しているかのような揺れ方は、永遠に続くかと錯覚させるほど。
彼の乗馬に何かしらの才能があるとするなら、それはまるで麺が伸びきってマズくなるのように、同乗している者の時間の感覚をだらだらと引き延ばすというものだ。
つまり何が言いたいかというと、苦痛な時間は永遠のように感じるということである。
「見えてきたぞウィズ! 見えるかウィズ! 見開くんだウィズ!」
「言われなくても見えてますよぉ~……」
楽しそうに笑って叫ぶアルトと、だらりと適当な返事をしながらダレているウィズ。
そんな対照的な二人を乗せた馬は、大きなお屋敷に迫っていた。
ウィズはうなだれながらも瞳を薄っすらと開け、その全貌を見据える。
「……」
だらけきったウィズの薄目に、どくりと力が入った。
目の前に見える屋敷。それはまるで、『ブレイブ家』の屋敷のようだった。嫌な記憶が精神に迫っては染み込んでくるような嫌な気持ちをウィズは味わう。
「よし! ローデウス、馬を止めよ……ってあれ? なんだ、ローデウスめ。随分と後ろを走っているな!」
(……テメェの馬のスピードが速すぎんだよ……! なんで操縦自体はクソヘタなのにスピードだけは出せるんだ……!)
一足先に屋敷の前に到達したアルトの言葉に、ウィズは内心で毒づいた。
そう、アルトの操縦は目も当てられないほどヘタなのに、スピードだけはプロ以上に出ているのだ。それも乗ってて気分が悪くなる原因の一つになっているのはご愛嬌である。
少し遅れてローデウスたちが追い付いてきたところで、一同は一緒に屋敷の敷地へ入った。
玄関あたりで馬を降りる。使用人たちに馬の手綱の管理を任せると、アルトが使用人に目配せをした。
うなずいた使用人が二人で屋敷の扉をゆっくりと開ける。
「ようこそ、『アーク家』へ」
それを見つめるウィズに、アルトが隣から歓迎した。
開かれた扉からは煌びやかな光景が目に入ってくる。ウィズは思わず目を細めて、奥歯を噛み締めた。
似ている。――あの屋敷と、とても似ていた。
「さあ、行こう」
アルトは自信満々な様子でウィズを誘う。ウィズは神妙な顔でうなずくと、彼に続いて屋敷の中へ入っていった。その背後にはローデウスが続く。
すれ違う使用人の仕草。
香る屋敷の空気。
照明の光度。
広い廊下やエントランスの解放感。
アルトの後ろに続きながら、ウィズは"幻想"を感じていた。
――それは『アレフ・ブレイブ』の記憶であり、『ウィズ』の記憶ではないのだから。
その記憶の数々を踏みつぶして、ウィズは進んでいった。
「ここだね」
アルトは扉の前で立ち止まる。
そしてノックもせずにその扉を開いた。その無作法にウィズはぎょっとする。
「姉様! ウィズを連れてきたぞ!」
「……アルト。せめてノックしなさい」
バン! と大きな音をたてて扉を開けたものだから、中にいたソニアはぎょっとしてこちらを見つめていた。
しかし使用人、フィリアはまるで反応せず、フィリアに至っては冷静な様子でアルトをたしなめる。
ウィズはここで考察した。
使用人とフィリアの反応からして、アルトの馬鹿は今に始まったことではない。日常的に行われているものであると判断する。
(ならコイツの馬鹿は天然か……?)
アルトやローデウスと共に部屋の中に入りながら、ウィズはちらりとアルトの横顔を見た。
「ウィズ!」
部屋に入るや否や、中にいたソニアが飛び出してきた。
ウィズは走ってきた彼女に視線を向けると、安心して微笑む。
「良かった。無事だったんだね」
「ボクは大丈夫だけど、その血は何!? 怪我してるのなら早く対処しないと……!」
「血……? あっ」
「あっ」
慌てるソニアに言われてようやくウィズは思い出した。
ほぼ同じタイミングでアルトも思い出したようで、声をもらすとウィズの顔を見る。
「……」
ウィズは額に手を触れると、そこにはすでに乾いてカピカピになりつつあるヌメリがあった。
カピカピを手に取り、それを視線のもとに持ってきて、それが血だったものであることを確認する。
そういえばちょっと忘れていた。
ヴェルナスを筆頭として襲撃者と交戦では手のひら以外にダメージを受けなかった。しかしその後、アルトが乗った馬に轢かれて、その時に頭から出血してしまっていたのだった。
出血後、まともにウィズと顔を合わせたのはアルトとローデウスぐらいである。
轢いた本人は流石に気付くが、暗くなった野外で顔を合わせたローデウスにはその血液が見えづらく、気付かなかったのだろう。それでそのままスルーされ、ここに至ったわけだ。
アルトはまじまじとウィズの顔を見つめ、言う。
「……凄い血だね」
「……貴方のせいですよ」
乾いた血が覆うウィズの顔面を見つめたアルトが、「わあ」と初めて雪を見た子供のような反応を見せたので、ウィズは素でため息をついてしまったのだった。
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