23 アルト

 どこから話していけばいい。


「……」


「……」


 ウィズは血だらけになった顔面で、突然現れた青年を見上げていた。


「……あの、ごめん」


「……」


 馬に乗ったその青年は気まずそうに頭を下げる。


 ウィズが即興で作った焚火の明かりに、彼の姿が淡く映し出されていた。


 銀色の短くサラサラしている髪に、青い瞳。


 そしてウィズは彼からただならぬ気配を感じていた。そしてその気配と似たものをウィズは知っている。


 ――『フィリア・アーク』。彼女と同じ感覚を、ウィズは目の前の青年から感じていた。


 しかし。


「……」


「お、おい……。そんな目で見るなよ……」


 ウィズは彼に疑り深い視線を向けていたのだった。


 さて、どこから話せばいいのか。


 まずは簡単に説明するべきか。


 ――有体に言えば、ウィズは青年が乗っていた馬に轢かれたのだ。


 ……いや、有体すぎるか。


「……すごく痛いんだけど」


 額から血を流しながら、ウィズは笑いが少し含まれている無表情で告げる。


 それを聞いた銀髪の青年はぴくりと口元を気まずく歪ませて、『とりあえず』というように馬を降りた。


「ごめん……。ほら、えっと、なんというか、乗馬はなんだが、ってわけではないんだ」


「……」


「そ、そんな目で見るんじゃねぇ! 言っとくが俺は貴族! そして君は平民だろ!? 例え君がその怪我を理由に訴訟して、裁判に持ち込んだとしても、貴族の俺が滅茶苦茶有利だぞ! だからそれだけはやめとけよ! 俺もそんな八百長やおちょうな裁判やりたくねぇ! まるで権力を悪用してる嫌な貴族みたいじゃねえか!」


「……」


 汗をたくさん出しながら、取り乱した様子で脅しのような悲鳴のような勢いで逆ギレまがいに叫ぶ青年。


 ウィズはそれを冷ややかな目で見つめていた。


 再び周囲はシーンと静寂に包まれる。


 ウィズと青年は見つめ合ったまま、奇妙な雰囲気に呑まれて落ち込まないよう、ただ黙っていた。





 まずは何故こうなったかを話さなければならない。


 事の発端も突然だった。そしてとても単純だ。


 襲撃者を蹴散らしたウィズが、暇な時間を使って焚火を作って暖まっていたのだった。


 その時、彼は来た。――凄いスピードで。


『愛馬『ハーリエル』! そうだ、そうやって駆けろ!』


『……ん?』


 どこか楽しそうな言葉を叫びながら何かが近づいてくるのに、ウィズは気付いてはいた。


 けれど、そのスピードは想定外だった。ウィズが立ち上がり、その声がする方へ向いた途端、全身に物理的な衝撃がはしった。


『がっ……!』


『あっ……』


 ウィズの体が宙に舞っていた。何が起きたのかも分からず、全身に広がる痛みを感じながら。


 バチバチと焚き火が音を立てた。


 そしてコンマ一秒遅れてようやくウィズは気付く。ウィズはのだ。猛スピードで突っ込んできた馬に。


『ぐへぇ!』


 体が地面に落ち、ウィズは悲鳴を上げる。


 そんなウィズの周りでパカパカと馬の足音が聞こえた。ウィズを轢いた馬とその騎手が様子を伺っているのだろう。


 パカパカという馬の足音がやんだ。それは要するに馬の足が止まったということ。


 ウィズは痛みで痙攣する腕を動かし、顔を上げてゆっくりと立ち上がった。


『……』


『……』


 そして馬の上に乗った男を見上げる。同時に額の傷から血液が流れ出し、頬を伝っていった。


『……』


『……』


 そこから、轢いた男と轢かれた男の、きまずい空間が出来上がったのだ。そして今に至る。



 ◆



「……とりあえず、お名前を伺いたいですね」


 ウィズは頬に伝う血を拭って、目の前の青年に言った。


 名前が聞ければ、ウィズの予想が合っているかいないかが即座に分かる。髪の色と気配の感覚からして、ウィズの予想はほぼ確実なのだが。


「俺の名は……いや、一応言っとくが、これは"脅し"じゃあねえぞ? もしもだが、俺が名前を言う事でその名前がかなり強い権力を象徴してた場合、その名前を武器に君にかけた迷惑をなかったことにしようという意図は全くないからな!」


 必死にそう言い繕っている青年を前に、流石のウィズも疲れてきていた。


「……はあ。えっと、そうですね。とりあえず、貴方の姓は『アーク』で間違いないですかね?」


「……ん? おお、すごいな! よく分かったな! 何を隠そう、俺は『アーク家』の『アルト・アーク』だ! あの『フィリア・アーク』の弟だぜ」


「……」


 銀髪の青年――アルトの言葉がウィズの予想を確実なものへ変化させた。


 だからこそ、ウィズはまたもや微妙な表情をする。


(こいつが……このふざけた野郎が……フィリアの弟だって……?)


「君はどうやら話が早そうだ! 傷を治すために『アーク家ウチ』に連れて行ってやりたいとこだが……! 本当にすまない! 今は向かわなければいけない場所があるんだ! だから少しここで待っていてくれ!」


「おぉ……おぉう、そうですか……」


 両肩を掴んで、勢いのままアルトはウィズへそう言った。ウィズは彼の勢いに呑まれてしまい、何もできずにうなずいてしまう。


 というか――ウィズは思考を転換させた――フィリアの弟である『アルト・アーク』が何故こんなところにいるのかは分からない。しかしウィズを轢いてしまうほど急いでいたのだ。


 このことから、アルトは急いでどこかへ行く途中だったようである。


 もう少し『アーク家』であるアルトに媚びをうっておきたかったが、少なくても今はこれ以上彼と関わりたくなかった。


 ここは『どこかへ行くアルト』をそのまま目的地へ行かせて、後でフィリアを経由し、偶然を装って出会えばいいだろう。媚を売るのはその時でいい。


 ――こいつと関わっているとロクなことがない気がする。関わってはいけない人種だ。


(今はコイツから離れよう……もう嫌だよコイツ……。逃げたい……)


 ウィズはそういう思いも込めて、もう一度うなずいた。


 そしてアルトもウィズと同様にうなずくと、その手を離す。それから馬へ飛び乗ると、立ち尽くすウィズへと言った。


「ところで、君を馬で轢いてしまった不躾ぶしつけの上、さらに迷惑を重ねてしまうようで申し訳ないんだが……。この辺で、何か戦闘音を聞いてはいないかい? 俺は姉様を助けるために囮になったっていうカッコいい奴を探して飛び出してきたんだが……」


「……」


 うーん。逃げられない。


 ウィズは勘弁して、仕方なく説明を始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る