11 ソニアの浮かない再会
ドルチアの近くにある町『ネグーン』。
『ドルチア』のような田舎と比べると、そこそこ都会だ。地面は舗装されていて、中心地は土が顔を見せている部分はない。レンガ造りの建物が立ち並び、役所を中心とした町の心臓部分は都市顔負けの迫力がある。
『ネグーン』に入った後、三人を乗せたサラマンダーの馬車は人込みの中をゆっくりと進んでいた。
「そんなことがあったんですね……」
今さっき起きたばかりのソニアが事の顛末を聞いて、そうぼやく。
ウィズの丁度後ろで荷台にひざをついている彼女は、未だダメージが抜け切れていないらしく、少しタルいようだった。
「ええ。これからは貴女と一緒に、このウィズという男も私の護衛につくわ。面識はあるようだし、上手くやる事ね」
『怒りの森』でフィリアが本音を語った隙に、ウィズも思惑通り『アーク家』に近づくことができた。フィリアの口からウィズが護衛として着くことになったと聞き、その認識は間違っていないとウィズは再確認する。
ソニアという護衛仲間がいるのがどう働くか分からないが、ウィズと彼女は友人同士である。
なので、ソニアが邪魔になった場合などにも操りやすい。彼女の存在はメリットと見るべきか。
そんなウィズの思惑など知らず、フィリアは意気揚々と言う。
「とにかく剣は手に入った。あとは『アーク領』に戻って、この男に錬金させるだけよ」
『アーク家』の『フィリア・アーク』としての、威厳のある態度――ウィズの店を訪れた時のような――でフィリアは二人へ告げた。
さっきからずっと、ウィズの時に見せていたフィリアの年相応の柔らかい口調と態度はすでに消えうせている。
そして、今手綱を握っているのはウィズである。ソニアが起きる前に予め交代しておいたのだ。
貴族のフィリアが手綱を握り、その隣で平民のウィズが何もしていないというのは流石におかしく思われるに違いなかったからである。
「申し訳ありません……。護衛の命も果たせず……私は……」
「……」
頭を下げるソニア。フィリアはちらりと後ろを振り向き、ソニアを見た。
「……まあ、済んだことはもういい。貴女が紹介してきた
「……ウィズの加勢、ですかぁ……」
ソニアはちらりと、ウィズの方に視線を向ける。それはどこか遠慮がちというか、不安やらが混ざったような視線であった。
「……」
ウィズはそれの視線を感じながらも、どこか居心地悪さを感じつつ、視線に気づかないフリをする。
もちろん、心当たりはある。ソニアとは長い付き合いになるが、彼女には自分の力を隠していた。
ソニアから見たウィズのイメージとしては『
しかも隠していた力が、
(……面倒だが、いつかフォローをいれとくか)
ウィズはそう思いながら、手綱を握りしめる。
ソニアとはお店を開く前からの友人であった。もしかしたら、ウィズが力を隠していたことに対し、ソニアはあまりよく思っていないかもしれない。単純に言わずにしておいたわけであるし。
ここで彼女との友情に亀裂が入るのも面白くない。
ウィズは心でそう思いながら、とりあえず今はそんなソニアに気付かないフリをしておくことにした。
「あっ、着きましたね」
ふと視線を上げると、目的地は目の前まで迫っていた。
それは『ネグーン・セントラルストア』と看板が掲げられている、大きな建物だった。馬車を近くの停泊所に停めて、フィリアは言う。
「ここ『ネグーン』から私の『アーク領』には今日中に着くつもりよ。途中、遅めの昼休憩を挟むから、その時のための食糧をここで調達してきなさい」
「かしこまりました」
「……あ、かしこまりました」
ウィズの了承の言葉に遅れて、ソニアも同じく了承する。ソニアの反応が遅れたのは、何か考え事をしていたようだった。
ソニアの態度に何か勘づいたのか、フィリアはさっきの言葉に付け加えた。
「……私は一人で大丈夫。だから二人で行ってきなさい」
「えっ、それじゃ護衛の意味……」
「いいから。ウィズ、貴方も分かっていると思うけれど、ここでは私がルールよ」
「……はい」
ウィズはフィリアの指示に意見しようとするも、フィリアがすぐにそれを制した。
こんな町中で護衛を手放すことにどんな真意があるのか分からないが、フィリアには考えがあるのだろう。フィリアの言う通り、ここではフィリアが一番上の立場にあるので、彼女の言う事には従わなければならない。
まあ例え何かあったとしても、フィリアは魔剣『フレスベルク』をすでに所持している。そこそこの手練れだろうとも、すぐに返り討ちにできるだろう。
少し不安は残るが、ウィズはそう判断して馬車を降りた。
そして未だ荷台に乗っているソニアへと誘う。
「じゃソニア、行こうか」
「……あっ、うんっ」
ソニアもウィズに続いて、馬車を降りた。それから二人並んで『ネグーン・セントラルストア』へ入店する。
中は外から見た通り、かなり広かった。様々な物品が売られており、『ネグーン』の町の規模からしても大きすぎるような印象を持った。
「えーっと……食料品は……」
ウィズは店内の案内板を頼りに、目当ての品を探す。ソニアも少し遅れて続いた。
ソニアの腰のベルトに付いている短剣がカランと揺れる。
二人はすぐに売り場に着いた。
おにぎりや総菜、少し離れたところに野菜や肉、反対側には飲み物を置いてある。さらに奥には缶詰などの保存食もあるようだ。
さすがネグーンの
しかし。
「といっても、何を買おうか……」
その膨大な量を前に、ウィズは首を傾げた。
(まあなんでもいいか。フィリアの好みなんて知るかよ)
もしフィリアの嫌いなものを選んでしまって文句を言われたら、適当に謝るフリでもしておこう。ウィズはそう思った。
「ソニア、折角だし好きな物を選んじゃおうか。馬車から降りる前に、フィリアさんの好物をさりげなく聞いておくんだったね」
「……そうだね」
売り物を近場から見ているウィズとは違い、ソニアは一歩下がったところでそう答える。
「……」
ウィズは夢中で昼ご飯を選んでいるフリをしながらも、ソニアの異常に気付いていた。
隙を見て彼女の表情を伺うも、やはり考え事をしているようだ。
仕方ないので、ウィズは商品から目を離し、ソニアへ振り返った。
「どうしたのさ、ソニア。なんか浮かない顔してるけど」
「……うん。あのさ、ウィズ」
ソニアの視線がウィズの瞳を捉える。
「ウィズって強かったんだね……。それでなんだけど……もし良かったら、ボクに魔力の使い方を教えてくれないかな……?」
「……魔力の?」
そのままソニアは栗毛色の髪を揺らし、明るい
「……うん。ボクは強くなりたくてさ……」
「強く、ねえ」
真っ直ぐに見つめてくるソニアの翡翠色の瞳に、ウィズは目を細める。
魔力は魔法だけでなく身体能力も向上させることができる。ソニアは魔術師タイプではないが、魔力の使い方を覚えることで、確かに強くなれるだろう。
ウィズ的には別にソニアが強くなろうがどうでもいいし、指導してあげても良い。ソニアとの関係も良好になれる。
しかし。
「強くなるのはいいけど……さ」
『強くなりたい』――ソニアのその言葉には引っかかるものがあった。
「何の為に強くなりたいの?」
ウィズはソニアに問う。
ウィズの力は『ジャコブ・ブレイブ』を討つためのもの。復讐という糧で、絶望と憎悪の底から這いでてきた力であった。
その力は『アレフ・ブレイブ』が持っていた天性の魔法の才能を器にして強大となり、今に至る。
つまるところ、ウィズの力は『天性』のモノと『復讐』という、強い目的意識の厚い岩盤上に成り立っているものだ。
逆に言えば、それらがなければウィズの力は成立しない。
そういう"理由"あるとないとでは、伴う結果は大きく違ってくる。
「どうして、強くなりたいの?」
「それは……」
ウィズの問いに、ソニアは目を伏せて口ごもった。
ウィズは今ソニアが見せた瞳を知っていた。――悩みを持っている時の瞳だ。
どうやらソニアが強くなりたいと願うのは、単なる思い付きとかではなく明確な目的があるようだった。
ついにソニアは意を決して口を開く。
「ウィズ、実はさ――」
「おっ、やっぱりソニアじゃネーか」
「……」
――ソニアが何かを言おうとしたところで、その声に被ってウィズの後ろから別の男の声が聞こえた。
ソニアはその声を聴いた途端に嫌そうに顔を歪ませる。
「ヒューレット……と、久しぶりだね……シャリリ」
少し引きつった微笑みで、ソニアはウィズの背後に視線を向けた。
「その様子だと……やっぱり、
ヒューレットと呼ばれた警官服の男はそう言うと、背後からウィズを突き飛ばす。
ぐらりと体勢を崩すウィズには目もくれず、ソニアの前に立った。
彼に同行していて同じく警官服を着たシャリリも、ウィズを全く気にしない様子でヒューレットに並んだ。
「――俺らは学舎を出た後、こうやって国家公安警察になったわけだが……お前は?」
「ボクは……」
「ふふふ……ヒューレット、やめなさいよ。ソニアは『セリドア未開領域』探索隊員になるなんて、叶いっこない夢を追っているのよ。自分の尻尾を追って、その場でクルクルと回り続ける子犬のようにね」
突き飛ばされていたウィズは灰色の髪を揺らしながら、無表情でヒューレットとシャリリの背中を見つめる。
「修了式のあと、校舎裏で体に教え込んでやったってのに、まだ
ヒューレットは暗く深い緑色の前髪をかきあげ、大きくあざ笑ったのだった。続いて、隣のシャリリも手に口を開けてクスクスと笑う。
ソニアは何も言わず、ただ歯を食いしばってじっとヒューレットとシャリリを睨みつけた。
ソニアと二人の間には因縁があったようだ。
余裕そうにニヤニヤと笑う二人と、悔しそうに耐えているソニアの関係性は火を見るよりも明らかであろう。
そんな悶着を前に、ウィズはどうしたのかというと――。
「……」
――一人だけ、明後日の方向に視線を向けていた。
ウィズの直感が怪しい雰囲気を捉えたのだ。
(なんだ、あいつら……)
その視線の先には黒いフードを深くかぶった小数人の集団がゆっくりと歩いている光景があったのだった。
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