魔剣レンタル

ナナイ

プロローグ

 人の往来が数えられるほどの小さな町。その一角にある薄汚れた露店で座っていた。

 両隣に押しつぶされそうな小さな出店で、雲が薄く広がった空を眺めている――そんなとき、


「あたしの剣、売れた?」


 不意に飛び込んで来た女の声。


 ――。


「何その顔? 驚きすぎでしょ」


 泳ぐ視線に、女は愉快気に笑った。


 反射的に一年前の出来事が頭の中を埋め尽くす。言葉を吐き出すことができなくなる。

 しかし女は、飄々と「何かあったっけ?」とでも言わんとした表情で、勝手に店の中へ足を踏み入れてきた。そして、そこに並べられられた剣を一本ずつ手に取っていき、店内にある五本の剣全てを見た後、改めてこちらへ向き直った。


「売れてないじゃん。数が減ってないよ」


 ニコリと、薄い唇を緩める。

 その上背と長い手足、肩にかかる黒髪。いずれもが様になり、優雅な才女たる風格を持ち合わせていた。年は十六のはずだが、それよりも大人びて見える……、口を開

きさえしなければ。


「愛想が足りないんじゃない? もっと笑ったら?」

「笑いながら売るものじゃないだろ」


 冗談のような軽いノリに合わせることで、ようやく言葉を発することができた。


「売り物が何だろうと愛嬌でしょ。その服もこぎれいなものに変えた方が良いかも? まぁでも、やっぱりこういう商売って子供がやるには信頼されないのかな」


 再び商品の剣を持ち上げて言う。


「お前とそんなに変わらない」


 年は三つ下なだけだ。


「そうね。でもあたしには、こんな小さな町でこうしている君を探しあてる人脈があるのよ」


 女はまたニコリと目を細めて続ける。


「まぁ、外から見ればあたしは身寄りを無くしたかわいそうな女の子だから、そういう同情に付け込んでるだけ、って言われれば否定できないけどね」


 それに応える言葉がなく唾をのむと、


「そこで詰まらないでよ。嫌味になっちゃう」


 思考を読んだかのように、女はため息をついて苦笑した。


「別にいいけどさ、でも結局うちに来る人ってそういう理由だから、お世辞ばっかで本当のことは言わないのよ。だから君が売って、使った人が文句でもなんでも言ってきてないかなって。それがないとあたしの腕が上がらないのよ。本当に良い剣が打ててるのか分からない」


「それが理由で様子を見に来たのか?」


 いたたまれず、目を逸らして吐き出すように言う。女は少しばかり声色を硬くし、


「ううん、本題はこっち。これ、返しに来たの」


「返す?」


 目を向け直すと、女は背負っていた長物を手に取った。

 気にはなっていた。細長い、茶色の袋に覆われたものはずっと視界に入っていた。しかしそれが何のか。


「うん。だって、これはもともと君のものだから」


 理解する。細長い、その大きさと、長さ――。

 一年前の出来事は、当たり前だが、本当に起きたことだ。


「あのときの……」


「うん。でも大丈夫だと思う。少し細工をしてみたから」


 こちらのこれ以上ないくらいの動揺に気付いていないはずはないだろうが、女はその長物を、フッと、軽く投げ降ろした。


 体の上に、それが落ちてくる。

 慌てて飛び退くように立ち上がったが、間に合わず、体に当たった。


 ――。


 物理的な痛みはあった。しかし、恐れていた衝撃が来ることはなかった。


「大丈夫ね、うまくいったみたい」


 女は安堵するように息をついた。そして、


「好きなように使えばいいんじゃないかな」


 目を白黒させて女と視線を交錯させる。

 今起きていることに頭がついて行かない。


「君はまだ、魔剣が何なのか分かってないんでしょ?」


 魔剣。それがその中身。


「お前は、分かったのか?」


「さあね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る