第6話 スカイラインとカレラ
第2回日本グランプリの結果は大々的に報道され、ポルシェを抜いたプリンス・スカイラインGTの走りは大いに讃えられた。そして、その日からプリンスの日常は激変したのだ。
世間の注目を浴びて一躍、時の人となったプリンスは、連日マスコミやファンになった人達の対応に追われる毎日となったのだ。あまり知りようがなかったが、ポルシェ・カレラ904というクルマ娘の世界的な評価を思い知った次第である。
「うええ~! もうカンベンして欲しい~」
名車女子学園の中にあっても、プリンスは先輩後輩を問わず、ファンになったクルマ娘達から引っ張りだこの状況となっていた。
「走りはともかく、勉強までは教えられないよ~、全く!」
五十鈴ベレットGTに泣き付いても、「得難い事だし、いいじゃん」の一点張りである。
「あんたも同じ目に遭ってみなよ~。元の静かで落ち着いた学園生活が懐かしい~。そう言えば、ひどい新聞記事があってさ~、私の事を『羊の皮を被った狼』なんて……」
刹那に教室の中がざわめき、そして静まり返った。
何事だと、プリンスが顔を上げて見回すと、美しい影が……。ポルシェ904が、ひょっこり傍に立っていた。
あのレース後から、しばらく学校を休んでおり、電話にも出ず、心配になったプリンスが今日こそは、と自宅訪問を決意していた矢先である。
面食らったプリンスが、鉛筆を机から落としそうになりながらも、先に口を開いた。
「ひ、久しぶりね、ポルシェさん……いや、カレラ!」
しばらく間を置いてから、ポルシェ904は微笑んだ。
「そうネ、久しぶりダネ。スカイライン! 元気そうでヨカッタ」
プリンスには分かったが、ポルシェは何か隠していた。友達として、レースで競い合ったライバルとして、何か通じ合う物があったのだ。
「カレラ……、放課後グラウンドのコースで待ってる……。ここでは言えない事があるんでしょ?」
「さすがスカイライン! 後でゆっくりと話しマショウ!」
その日の授業は何だか長く感じた。それは彼女にとっても同じ事だろう。
授業中のポルシェはいたって普通で、それがなぜだか、とても痛々しくも感じた。
完全無比なクルマ娘として輝き続ける姿は、時に周囲を眩しがらせる。
そんな彼女が心に刻んでいる毎日って、どのような物だろうか。
ポルシェの事が気になって丸一日、何一つ集中できなかった。
放課後になり、体操服に着替えた二人は、お互い日が暮れるまで全力で走って心の澱を吐き出した。
あまり馬鹿みたいにしゃべる事はなかった。クルマ娘として走って競い合う事が、一種の会話だと知った。
夕暮れの中、最後にポルシェはプリンスに手紙を渡したのだ。
執事に代筆でも頼んだのだろうか、綺麗な日本語の文字が見える。
「これは担任の先生に託そうかと思いマシタが、やっぱり私がアナタに会って渡したかったのデス」
プリンスは開けて読みたい衝動を抑え、手紙を通学鞄の奥へとしまった。
それからジュースを買って、他愛のない話をしながらポルシェと帰り、深夜に何事もなく別れた。
まるで忘れかけていた、いつか見た夢の中の体験のように思えたのだ。
ポルシェがドイツへの帰国の日を無理に延ばしてまで登校し、プリンスと会った事は、かなり後になって分かった事だった。
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