第二十九話 密室での密接した密会
時刻は深夜0時に差し掛かる。
多くの人間が寝静まる深夜、日本国根拠地の私室内にて1組の男女がいた。
部屋のスペースは十分な広さがあるにも関わらず、男女は応接用のソファでコソコソと身を寄せ合っている。
それは明らかに不自然で、何か如何わしいことは明白だった。
なにせこの場所は探索者のプライベート空間。
常日頃から祖国の国民に行動を生中継されている探索者にとって、数少ない秘密が保たれている空間なのだから。
「トモメ…… コウズケ…… ヤバいですわ……」
「シャルロット公女……」
男女は見つめ合いながら互いの名を呼び合う。
そこには相手への強い依存と執着が込められていた。
絶対にお前は逃がさない。
そんな意気込みすら感じさせる雰囲気だ。
「—— これより第1回日盧合同緊急対策会議を行う」
成功裏に終わった高嶺嬢の誕生日会。
俺は全員を解散させた後、すぐに公女を呼び出して自室に連れ込んだ。
本当だったら、こんな夜遅くに誤解を招きそうでやりたくなかったが、四の五の言ってはいられない。
俺とフランスが白影の誕生日をすっかり忘れていたことは、日本人も俺の様子を生放送で見て分かっている。
ルクセンブルク国民には多少の誤解を与えるかもしれないが、もはやそんなことには構っていられない。
幸い、シャルロット公女は気づいていたらしく、俺が説明するまでも無く今の状況のヤバさが分かっている。
「ヤバいですわよぉ、トモメ・コウズケ。
本当にヤバいですわよぉ」
公女が顔を青褪めさせながら歯をガチガチと鳴らす。
その姿からは第一公女たる高貴さは微塵も感じられない。
「そんなことは分かりきっている。
今は状況を整理し、対策と今後の動きを決めるしかない」
「ヤバいですわぁ!」
さっきからコイツ、ヤバいしか言わないな。
「公女、いい加減に現実を見ろ!
気持ちは分かるが、今は混乱している場合じゃない」
「ト、トモメ・コウズケ、そういう貴方も普段とは雰囲気違いますわぁ」
俺の口調を言っているのか?
今は放送されてないから、公女如きに敬語なんて使わんよ!
「今は国民の目がないからな。
それよりも何か考えないと。
考えられるのは俺と君しかいないんだから」
がっしりと公女の両肩を掴んで説得すれば、彼女もようやく腹を据えたのか、一つ大きく深呼吸をして息を整えた。
「そうですね、妾と貴方で何とかするしかないのですわ。
ああ、それと、口調ですが、今後も今のままで構いませんわ」
そちらの方が、妾と貴方の関係っぽいですし。
そう言って公女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
赤みがかった栗色の巻き毛がふわりと揺れれば、ラベンダーの香りが品良く鼻孔をくすぐった。
こうして見ると、公女も高嶺嬢や白影と並び立つ美少女だ。
その額に脂汗が浮いていなければ、もう少し格好もついたのだろうが。
俺は何となく腹が立ったので、彼女の緩くカールさせたもみあげを鼻の穴に突っ込んだ。
「ふがっ!?
な、なにをするんですの、トモメ・コウズケ!!?」
恐らく彼女の人生でこんなことをされたのは初めてなのだろう。
驚愕のあまり、お姫様がしちゃいけない顔をしている。
「俺のこともフルネームじゃなくて良い」
俺の言葉に公女は、納得いかなそうに、がるると威嚇する。
「納得いきませんが、良いでしょう。
では、そうですね…… グンマと。
ええ、アル姉様と被ると後が恐ろしいですし、グンマと呼びますわ」
えぇ、まさかのローカルネタか。
高嶺嬢くらいしか呼んでいないあだ名をチョイスするとは……
まあいいけど。
「まあ、そんなことより白影の誕生日だ。
家族も忘れていて、多分だが誰も祝ってない。
そして恐らく、白影は言い出せなかっただけで、自分の部屋で準備はしていたんだと思う」
「えぇぇ……
根拠地内でも妾達の様子は放映されていますし、流石に準備していて気付かれないなんて…… あっ、もしかして私室内で……」
白影のことだからそんなところだろう。
聞いている限り、ダンジョン戦争前は友達もおらず家族も無関心だったようだし……
本人の日本オタクぶりを見るに、部屋に引きこもって2次元や外人の日本旅行記に逃避していたパターンだと思う。
知能2の高嶺嬢に対しては強気なところもあるのだが、基本的にはあまり自分から主張しない性格だ。
「あの時は裁判やら暗殺やら色々あって、自分からは言い出しにくかったんだろうなぁ」
「だろうなぁ、ではありませんわ!
その時に気づいてさえいれば……」
「仕方ないだろう、知らなかったんだし。
そもそも本来ならフランス政府や君が、祝いの言葉くらいかけてやるもんだろう!」
「あ、あの時は妾だって、魔界第3層の攻略や裁判の後始末で色々やることがあったんですの!」
お互いが醜い責任のなすりつけ合いをするも、こんなことで問題が解決する訳も無し。
なにもかもフランスが悪いということにして話を進める。
「これからどうする?
俺、白影に料理作らせて、笑顔でプレゼント上げさせちゃったんだけど……」
「最低ですわね。
………… 妾も、怖くて一言も声をおかけ出来ませんでした」
ハハハッ、二人ともやらかしてるね!
でも、これに関しては俺が一番の戦犯だね!
「とりあえず、フランス政府から白影用のプレゼントは送られてきた。
「妾も公国政府に要請したので、明日の朝には用意できますわ」
弾は用意できた。
あとは撃つだけだが……
「どうやって渡そうか……
この流れで渡すと、あまりにもついで感がないか?」
「ヤバいですわね。
こういう時は特別感を演出するに限りますわ」
「ほう、例えば?」
「えぇぇ、妾に考えさせるのですの?
うーん……」
時間は経てども2人の会話は終わらない。
日仏連合指導者 上野群馬と自由独立国家共同戦線盟主 シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソーという、人類屈指の知性を誇る2人は夜が更けるのも構わずに会話を重ねるのだった。
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