第十三話 公女の猛攻、ゆるキャラの姦計

 妾達と対峙している3人。

 日本国の探索者トモメ・コウズケとハナ・タカミネ。

 フランス共和国の探索者にして我が親族アルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィー。

 彼らを前にして、妾、シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソーは、知らず知らずの内に流れ落ちる冷たい汗で背筋を濡らす。


「さて、これでお互いの面子は揃いました。

 我々日仏連合と、ルクセンブルク大公国が一派の会談を始めようではありませんか」


 獰猛な笑みを浮かべたトモメ・コウズケが、ただの蹂躙になりかねない戦いの合図を告げる。

 妾を守るように2人の騎士が、妾を援護するように10人の仲間が囲んでいるものの、それらを羽虫の如く扱える化物の前では、ガラスの鎧よりも儚いサランラップにしかならない。


ガシャッガシャッガシャッ


 いつの間にか、彼らの後ろに10を超える機械人形が並んでいた。

 各々が抱える重機関銃や2m近い巨剣の数々。

 

 妾は悟る。


 あっ、これ、砲艦外交ってヤツだ。



「ウフフ、お手柔らかに、お願いしますわね?」



 今の妾はきっと、儚い姫君を体現する微笑みを浮かべていることだろう——


 —— って、そんな訳ないじゃない!

 

 思わず折れそうな、というか折れてしまった心を叱咤し、無理やり立ち向かう。

 敵は強大、名実共に人類最強の陣営、日仏連合。

 一方、妾達は列強に名を連ねることのできない第三世界諸国の寄せ集め。

 まともに戦えば、鎧袖一触どころではなく、触れる前に存在そのものを消滅させられても可笑しくない。


 しかし、これから行うのは戦闘ではなく会談、話し合いだ。

 コウズケ・トモメは見るからに強敵だし、アル姉様には頭が上がらないし、あの白いのはなんか怖い。

 だからと言って、勝てない訳じゃない!

 そう自分に言い聞かせ、心を震わせる。


「まず我々からの要請ですが、簡潔に言いますと3点あります。


 1つ、我々の戦闘領域への通達無しに無断で侵入したことへの抗議および、それによって失われた機会損失の補填要求。

 2つ、貴国の危機を救ったことへの報償および、使用した経費の請求。

 3つ、貴国ルクセンブルクが長年行ってきた、我が国の国益を著しく侵害する法人税の関連法令への抗議および、改善策の提示要求。


 以上3点の要請を速やかに受け入れて頂きたく」


「なっ、それは暴論だ!」


 押し付けられた理不尽に、ウォルターが怒りの声をあげる。

 外交的には失点でしかないが、しかし、彼の言動も無理はない。

 トモメ・コウズケが提示してきた要求は、どれも妾達にとって受け入れがたいものだった。

 妾達の誰もが、殺気だった視線を彼に向ける。

 とりわけスティーアンは、表にこそ出ていないが、今にも腰に差した双剣で彼に斬りかかっていきそうな怒気を発していた。


「暴論ではなく、正統なる要求だ。


 …… シャルロット殿下。

 聡明な殿下ならば、感情に振り回されることなく、この提案の合理性を理解して頂けるものと信じております」


 品位の欠片もない、外交という名を借りた暴力。

 相手に対し、一方的に要求を突き付け、それを呑むことを当然とする、列強の傲慢ごうまん極まりない理不尽。

 我らのような小国には拒否する権利もない、抗うことのできぬ災厄。


 しかし、流石にこの要求は呑めない。

 まず1つ目の戦闘領域への侵入だが、それを言うならば妾達に対して、先に戦闘領域を通達しておくべきだったのだ。

 それがなくとも、せめて妾達が侵入した直後に、警告の一つも送れば済んだ話ではないか!


 2つ目の危機を救ったことにしたって、元々龍との戦闘は妾達の優位に進んでいた。

 それを勝手に、横から次元の違う理不尽で掻っ攫っただけであろう!!

 しかも、剣を一振り振っただけで、費用なんて掛かるわけない!!


 3つ目に至っては、今回の出来事とは何の関係もない、ただの欲望を剥き出しにした利権要求でしかない!!!

 こんなものは先進国が要求するものではない、下賤な後進国が行う下品極まりない要求だ……!!


 と、頭に血が上ってしまえば、小国の外交なんてやっていられる訳がない。

 恐らく、これらの要求はブラフ。

 本命は3つの内のどれか1つか、まだ出てきていないこれらよりも一歩引いた要求だろう。

 彼我の実力差を完全に把握している列強が、小国に対して頻繁に使用する外交手段の一つ。

 

 そして妾達と彼らの国力や置かれている状況をかんがみれば、本命の要求なぞ手に取るように分かる。

 日仏連合の本命はほぼ確実に3つ目、タックスヘイブンであるルクセンブルクに対する有利な税制条約の締結と言った所か。

 フランスよりも日本の利が些か大きすぎる気もしないではない。

 しかし、所詮は日仏連合と聞こえは良いが、実質的にはフランスが日本に併合されているようなもの。

 まだこの戦争の終わりが見えてもいないというのに、戦後を考える余裕があるのは大国特有の驕り。

 利益面では当たり前だが、感情面でもそんな奴らなんかに、欠片たりとも利権なんて渡したくない!


「ウフフ、面白い冗談ですわねぇ」


 まずは、にっこりと笑顔を浮かべてあげる。

 妾はこれでもベネルクスの宝石と呼ばれた姫。

 容姿には相応の自信がある。

 これで頬を染めでもしたら可愛げもあるのだが、残念なことに目の前の男はピクリとも反応しない。


「ほう、我が国としては真摯に外交要求を行ったつもりですが……

 どうやら誠意が足りませんでしたか?」

 

 凹凸の少ないアジア系の顔つきが、表面のしわを少しだけ深める。

 些細な表情の変化。

 日常では見逃してしまいそうなほどの小さなものだが、この青年が行えば、言葉にできない凄みを含む。

 恐ろしいものね。


「ええ、本音を言ってしまえば、驚きを通り越して呆れております」


 怒りは決して表さない。

 ただ冷静に、理知的に、相手の粗を追い詰める。


「そのような感想が返ってくるとは、我々の間に何かしらの誤解が生じているようですね。

 シャルロット殿下におかれましては、おそれながら、しっかりと彼我の状況を再考して頂きたい」


 自分の立場が分かっていないのか?

 そのような副音声が思わず聞こえてきそうになるほど、明け透けな恫喝。

 でも、残念ね。

 トモメ・コウズケ、あなたは両手に侍らす御自慢の手札に驕っているようだわ。


「考え直すのは貴方でしてよ、トモメ・コウズケ。

 今の置かれている状況、貴方は本当に理解しているのかしら?」


 だったら妾が思い出させてやろう。

 あなたが置かれている状況を、あなたの力がこの場では何の役にも立たないことを……!


「現在、地球人類は、他の世界から次元を超えた侵攻という脅威にさらされています。

 端的に申し上げて、人類文明存亡の危機ですわ」


 彼の表情は変わらない。

 

「本来ならば、世界各国は手を取り合い、一致団結して立ち向かわねばならない筈です。

 しかし、現実には、そうなっておりません。

 勿論、妾とて、過去のしがらみや利権など一切合切を無視して、手を取り合って戦おうなどという理想論を語るつもりはありません」


 彼の表情は変わらない。


「ですが、だからと言って、敵と戦う妾達の足を引っ張るというのは、人類の一員として最低限の正義に反しているのではなくて?

 確かに妾達は貴方達の定める戦闘空域に侵入してしまったのかもしれません。

 しかし、それを言うなら貴方達とて、定めた戦闘空域を他国に通達する義務を果たしていませんでしたわ」


 彼の表情は変わらない。

 ただ、無言で背後の風景に未だ残っている巨大なキノコ雲を指す。


 ………… 今は無視する!

 何も話さなくても察して貰えるなんて、日本人の甘い考えは国際政治では通じない!!


「だというのに妾達に賠償金を請求し、刀の一振りに報奨金を求める。

 更にはこの戦争とは何の関係もない、明らかな内政干渉。

 トモメ・コウズケ、貴方は本当に人類として戦っていますの?」


 彼の表情は変わらない。

 何を考えている?

 ここまで好き放題、妾の発言を許すなぞ、どういうつもりだ。

 不気味な底なし沼に一歩一歩踏み込んでいる錯覚。

 しかし、もうここまで来たなら突き進むのみ!

 あなたがどのような姦計を張り巡らしていたとしても、妾はそれをことごとく貫こう!!


「今この瞬間も、貴方は諸国民に見られていますわよ?

 貴方が行った理不尽な要求、大国の驕り、人類への裏切り…………

 全て…… そう、全てを、見られていますわよ。

 この戦争が終わり、貴方の帰る故郷の人々に、この場にいる人々の祖国の国民に。


 見られて、いますわよ……?」


 彼の表情。

 妾がどれほど言葉を重ねようと、眉一つ動かさなかった着ぐるみ。


 それが、割れた。



「確かにその通り、あなたの言葉は正統だ」



 中から、ナニカが出てくる。



「私としても、地球人類全体の損失となるのならば、それはできる限り避けたい」



 妾の精神に、氷の短剣を突き刺した。



「分かりました、譲歩しましょう。

 我々が要求した項目、1つ目と2つ目を取り下げます。

 だが、あなた方の行動によって、我々の負った損失があることも事実。


 よって、我々は戦争に直接の影響がない3つ目の項目においても譲歩するものの、一定の誠意と謝罪が示されることを期待いたします」



 世界最強の陣営から、弱小勢力たる妾達が引き出した大幅な譲歩。



「これは我々の人類に対する誠意であり、責任でもあります。


 我々は、ここに、示しました。


 もちろん、シャルロット公女殿下、この戦争に影響がない項目ですら、こちらだけに譲歩を迫るような真似…………


 地球人類の一員として、なさるまい?」



 妾達はその代償に、逃げ場を失った。


 やられましたわ。

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