第五話 単眼と目があっちまった瞬間
ゴオオォォォッ
深い霧に包まれた闇夜。
何も見通せぬ盲目の視界から一転。
体心を震わせる轟音と共に彼方で赤黒い火柱が傲然とそそり立つ。
肉眼では10m先とて不可視とする濃霧すら関係ないとばかりに、万物を焼き尽くす炎はあらゆる障害を無視して己が君臨を謳った。
「あの自称忍者、全く忍んでないよな」
忍びという概念に真っ向から喧嘩を売る火柱を眺めながら、俺は白影を差し向けた自分の判断を少し後悔した。
きっとこちらに向かっている敵の本隊は、この飛び切り派手な目印を見て足を速めていることだろう。
やれやれだぜ!
「トモメさんっ。
これは一体何が起きてるんですか!!?」
白影のカトンジツによる轟音で目が覚めたのか、保護していた探索者が軽いパニックを起こしていた。
ヘイ! 落ち着けよ、ボーイ!
俺は目の前のイエメン野郎を落ち着かせるため、努めて冷静に振舞う。
勿論、心は白影が派手にやらかしたおかげで冷や汗ダラダラだが。
「敵の偵察部隊と接触した。
現在、迎撃に当たっているが、じきに本隊がやって来るはずだ。
それまでにこの陣地を撤収する」
俺の言葉に彼の顔が
どうやら俺達に保護される前のことを思い出してしまったらしい。
しょうがないなぁ。
「大丈夫だ、状況はそれほど厳しくない。
敵本隊が来るまで時間はある。
さっさと他の連中にもこのことを伝えて、身支度を整えてくれ」
敵の本隊が今どこにいるのかは分からないが、自信あり気な顔でニヤリと笑ってやる。
「……っ、はい!
3分で支度します!!」
するとそれだけで彼は安心したのか、顔色を取り戻して他の連中に伝えるために駆け出して行った。
ちなみに素の戦闘力では、彼は俺が3人いても敵わない筋肉モリモリマッチョメェンの変態だ。
しばらくして遠くの方で、野郎ども、3分で支度しなっ、という野太い声が聞こえた。
うーん、流石に3分はきついだろ。
俺は彼らから意識を逸らし、周りを見渡した。
まるで見る者の不安を掻き立てる不気味さが周囲を支配する中、至る所から陣地を解体していく作業音が鳴り響く。
上空をUAVの群れが忙しなく飛び回り、物資の輸送、敵の警戒、索敵をAI故に油断なくこなしていた。
しかし、濃霧が視界を遮るせいで俺の五感にそれらの光景は見えず、音だけが耳に届けられる。
まあ、索敵スキルのお陰でだいたい把握できるんだけどね!
撤収作業を始めて30分も経っていないものの進捗率は2割近い。
このまま順調に作業が進めば、3時間もかからずに撤収を終えることができるだろう。
高嶺嬢と白影というツートップを有していても、3層になり脅威度が格段に増した敵を相手に、不完全な態勢で
初っ端の拠点内探索で半日以上ビビリ通してた俺にそんな度胸あると思う?
ある訳ないよ!!
俺にとって比較的親しみやすいダンジョン魔界だが、3層にもなると出現するモンスターの毛色もガラリと変わってくる。
ゴブリンの体格はゴツクなるし、コボルトはなんか怖い。
大蝙蝠は蝙蝠というかプテラノドンだし、飛べないレッサードラゴンが飛行しながら火を噴いている。
しかも奴らの武装はただの剣や槍ではなく、明らかに何らかの能力を持ってそうな魔法の武器っぽい感じだ。
そんな化物共が熟達した戦術をもって襲い掛かってくるのだから、こちらとしては堪ったものではない。
戦闘力が強化された分、採取できる魔石の量も増えたものの、正直勘弁願いたいものだ。
ヒュルルルルルルルゥゥゥ
「…… うん?」
何かの飛翔音が聞こえる。
索敵レーダーには、こちらに向かってくる灰色の光点が映し出されていた。
ドスンッ
重厚な落着音と共に目の前に落ちてきた俺の身長ほどもある巨大な頭。
力任せに無理やり引き千切られたかのような断面から、噴水のように血が噴き出して周囲に降り注ぐ。
避ける暇もなく生暖かいシャワーを盛大に浴びる俺は、上下さかさまな単眼の巨人と真正面から対面を果たす。
限界まで見開かれた光のない巨大な瞳は、絶望と恐怖を痛みで仕立て上げた地獄を物語る。
「敵部隊の指揮官はオーガの上位種ってとこか?」
高嶺嬢が敵の首を引き千切るのなんて当たり前。
引き千切った首が勢い余って俺の目の前に飛んでくるのもいつものこと。
「トモメさんっ、さっきの音は何だったんで…………」
ゴアゴアワールドの日常に慣れていないエリトリアガールが、俺の近くまで駆け寄ってきて呆然と立ち尽くす。
俺が彼女に向けて体を動かしたおかげで、巨人の単眼と彼女の瞳が正面衝突。
君は今どんな気持ちなの? と語りかけるように、巨人のつぶらな瞳が彼女を射抜く。
射抜かれた彼女の目は死んでいる。
もう色々な意味で後戻りできない2人だと分かっているのか、少しだけこのまま瞳を逸らさないで、と生命の輝きを失った単眼が訴えかけていた。
自己主張の強い死体だな!
彼女を襲う沢山の感情の波、エリトリアガールの心が手に取るように分かる。
彼女の垂れ下がった腕の先がピクリと動けば、止まっていた時間が今、動き出した。
あぁ、揺れる体幹!
あぁ、奪われる正気!!
次の瞬間。
「オロロロロロロロロロロロロロロロ」
エリトリアガールは、盛大に吐き散らかした。
懐かしいなぁ。
アルフとシーラのスウェーデンコンビと出会った時を思い出すよ。
俺はなんだかほのぼの気分だ!
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