第二十話 余計なフラグは立てない主義の百獣の王(サーカス産)

 天井、床、壁、それら全てが薄汚れたコンクリートで覆われている。

 掃除はされているのだろうが、床や壁にはセメントの微粉末が付着しており、あまり綺麗とは言い難い。

 まるで工事の最中で放置されたような内部で、等間隔に設置された光る石が、唯一地球とは異なる技術体系を感じさせてくれる。


 天井や床に近い壁には、排気用の通気口が設けられており、微風が常に吹き出て密閉された内部空間に空気の循環を作り出していた。

 通路の分岐点には、火災や毒ガス対策の分厚い水密扉が設けられているが、もっぱら緊急時用なのか、その扉は開け放たれている。


 その扉をくぐれば、そこから先はまるで別世界。

 剥き出しのコンクリートは真っ黒にすすけており、融解して壁面に張り付きながらも光を放つ鉱石に照らされた真っ黒焦げの焼死体がいくつも転がっていた。

 そんな光景が数十mはある真直ぐ伸びた通路を埋め尽くしている。

 当たり前だが、索敵半径80mを誇る俺の索敵マップには赤い光点は一つも存在していない。

 おびただしい数の灰色の点で迷路のような要塞内部が埋め尽くされていた。

 

「トモメ殿、ここいらの区画は制圧いたしたでござるぅ」


 悲惨な大規模火災現場跡地を作り出した人物、黒い装束を全身に纏ったNINJA白影。

 彼女はあるじに媚びる犬の如く、俺へ擦り寄ってくる。

 その姿は日本にへりくだる今のフランスの姿を表しているようで、何とも言えない気持ちになってしまう。


「良くやった白影、ご苦労様」


 ありきたりな労いの言葉でも、嬉しそうにしている白影のなんとお手軽なことか……!

 彼女は腕を組んでどことなく誇らしげだ。

 その後ろでは、焼死体から黙々と魔石を回収している従者ロボの姿がある。


 このダンジョン、高度魔法世界のモンスターであるエルフや獣人は、他のダンジョンとは異なり、体内に魔石を保持していない。

 だからと言って、末期世界の天使達が如く、体の一部が死後に魔石へと変化する訳でもない。

 魔石は、彼らが所持している武器から採取できるのだ。


 どうやら彼ら高度魔法世界は、動力源として魔石を利用しているらしく、武器に限らず大型の機器や自立稼働している機器などには、魔石が搭載されていることが多い。

 なので、極端なことを言えば、彼らと争わなくとも、彼らの武器庫さえ見つければ、魔石の確保は完了したも同然となる。


 第1階層を攻略した白影からの情報によって、事前にこれを知っていた俺達は、要塞に潜入後、ちょちょいと捕虜を確保。

 高峰嬢と白影がふわっと尋問して、武器庫の位置をさらっとゲットし、そこへ向かっているのが今の状況だ。


 俺と白影、護衛としての従者ロボ6体は、捕虜からもたらされた情報と要塞内に潜入した無人機からの索敵支援の下、武器庫へ真直ぐ向かっていた。

 高峰嬢は従者ロボ4体と共に要塞正面戦力に突撃して貰い、正攻法で魔石を収集している。

 俺達が今いる地点は地下80mを超えているので、地上の様子は索敵マップで分からないが、きっと地上ではエルフ達が高峰嬢のエレクトリック・ゴアゴア・パレードを満喫している頃合いだろうか。

 ハハッ! グロッキーランドへようこそっ! グロッキーと一緒に遊んでおいでヨ!!


 地下で丸焼きにされるのと、どちらが良いかは判断の難しい所だが、結局のところ結末は同じなのだから、比べようもないことか。

 なんにせよ、今日から俺達のノルマは魔石1500個。

 3時間戦闘を行うとしても、1分辺り8体以上モンスターを狩らなければノルマの達成はできない。


 ヘイヘーイ、と狂気的な口癖と共にエルフを撫で切りにする高峰嬢。

 ニンニンポーズでカトンジツ!、と小学生低学年みたいなことをやりながら、獣人の丸焼きローストを手早く作る白影。

 ……なんだ、1分8体とか楽勝やん!


「ここが武器庫だな」


 そうこうしている内に頑丈そうな扉の前に着いた。

 鍵穴は無く、従者ロボが4体掛かりで押しても引いても開く気配はない。

 おそらく魔法的なサムシングでロックされているのだろう。

 ここに来て思いもしなかった障害が立ちはだかりやがった!

 C4爆薬だったらイケそうだが、要塞内部のような密閉空間でやっちまったら、俺達の来世への扉まで開きかねない。


「拙者にお任せでござる」


 そこら辺のエルフか獣人でも捕まえようかと思っていると、白影がキリッとした目で扉の前に進み出た。

 彼女はおもむろに人差し指を扉へ突き出す。


「カトンジツ!」


 その掛け声と共に、白影の指先から細い白炎がバーナーのように噴き出る。

 白炎が当てられた武器庫の扉は、瞬く間に赤熱して溶け出してゆく。

 彼女はゆっくりと指先を移動させて、扉にぐるりと円を描いた。


「ワッショイ!」


 人が潜り抜けられそうなほどの大きさの円を描き終えると、白影の蹴りが扉に放たれる。

 重い音と共に弾け飛ぶ扉の一部。

 扉にぽっかりと開いた空洞。

 裂け目は赤みを帯びており、少し時間をおいてから通った方が良さそうだ。


「これぞホワイト=シャドウ忍術、壁抜けでござる!」


 白影がドヤ顔で、明らかに新興流派の良く分からない術を言い放った。

 技名はともかく、彼女の壁抜け(物理)で扉を焼き切ることができたのは事実だ。

 機嫌を取るために適当に褒める。


「アイエエェェェ! 流石NINJA、スゴイ!」


「むふふ、そうでござろう。

 拙者、役に立つであろう?

 どんな道具よりも、役に立つであろう……?

 本当に、役に立つであろう………… あの女よりも」


 何の脈絡もなくいきなりどす黒い闇を見せるのは、止めて頂きたい!

 俺はあからさまに聞こえない振りをしつつ、未だ赤熱したままの扉の開口を飛びくぐった。

 ヒーハー!

 今の俺はサーカスのライオンだぜ!!

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