学校に悪魔が現れたから異能持ちの俺が無双する……って、お前も異能使えるの⁉

えなどりまん

へんたい異能者

第1話 ㊺異能者とパンティー問題

 6月20日13時20分


 ◇◇◇◇


 六月上旬。


 昼下がり。


 薄暑という言葉があるように、梅雨入りの季節特有の、身体にのっぺりとまとわりつく熱は、次第に授業への意欲関心を奪っていく。


(暑い、だりぃ、めんどくせぇ。そんで眠た……くはねえんだよなあ。困ったことに)


 『羅生門楼上での下人の心情』うんぬんについて熱血に解説する現国教師、浄瑠璃九兵衛じょうるりきゅうべえ


「故にっ、ここでは下人の正義と悪の葛藤コンフリクトが描かれておりっ――――」


 声を勢いよく破裂させながら語る浄瑠璃。暑苦しーぜ。


(…………腹減ったなあ。結局昼飯食いそびれちまったし)


「いいか、葛藤コンフリクトだ! 下人の中の正義と悪、天使と悪魔の抗争っ! それ即ちっ――――」


(……こんふりくと、こんふりくと…………こーんふれーく…………)


 ふと窓の外に目をやると、午後の太陽が燦々さんさんとグラウンドを焼いているのが見える。


 太陽。


 あー。


 午前のプールの授業は最高に楽しかったなあ…………。


 なんつっても女子の水着姿が最高だったよなあ。特に天音さんのお胸。ありゃ国宝級だ……。


…………。


…………。


(…………そうだ!)


 パッと目線が上がり、世界が桃色に華やぐ感覚。心なしかちょっと涼しくなった気がする。


 別に暑さでおかしくなったわけじゃない。あくまで平常運転である。


 スーパーウルトライケイケ高校生な俺、伊能推歩いのうすいほは、この退屈な授業を乗り切る一つの名案を思いついた。


(女性用下着のことを考えよう!)


 あくまで、平常運転である。


           ◇◇◇◇


 女性用下着についてあれこれ妄想していれば、瞬きする間に授業が終わるという寸法である。


 まあ授業なんて寝ちまえば終いなんだけどな。


 今から二ヶ月前の話。


 ちょっと訳アリで、使以降、俺はほとんど睡眠がいらない身体になっちゃったから、寝たくてもどうにも眠れないのだ。


 …………やーめよ。思い出しても、あんまり気分の良い話じゃねえし。つか、そもそもあんまり覚えてないんだよな。嫌なことは寝て忘れちゃうのが俺の信条だ。


 ま、とにかく今の深刻な問題は、浄瑠璃じょうるりの授業が退屈すぎるっつー話。


 ならマジメに授業を受けろって?


 ふん。


 …………。


 ま、ごもっともです……。


 ごもっともでド正論なのですが、あいにく、それは俺の個人的主義の問題で不可能なのです。


 浄瑠璃九兵衛。ちょうど今教壇に立っている現国教師だ。


 コイツは俺たち私立名塩なしお高校二年一組の担任で、そしてちょっとだけ、もう蟻の産毛くらいちょびーっとだけ若くてイケメンだって理由で、クラスの女子生徒から絶大な人気を誇っている生意気ヤロー。


 そのせいで横目で見る限りだけど、みんなして浄瑠璃の授業を真剣に聞き入っている。


 んだよ。プール後あんど昼飯後あんど現国の授業だぞ? 眠たくならねー方がおかしいだろ。俺と同じで、お前らも異能使いだったっつーオチなわけ? そんなB級映画みてーなクソオチなわけ?


 だからまー要するに、コイツの授業をマジメに聞いてるとなんかムショーに腹が立つってわけです。


 いやほんと、寝ることができれば話は早かったんだけどなあ。


 俺の成績が蟻の産毛くらい、もうほんと蟻の小指の産毛くらいちょびーっとだけ低空飛行してるって理由で、俺は中央の最前列とかいう断頭台のような悪席に座するわけだけど、でもむしろ。


 むしろだよ? 


 浄瑠璃のヤローにむしろ見せつけるようにまざまざと寝てやれば、だ。


 それはむしろ「おまえの授業はつまらない。ひいてはおまえという人間そのものがつまらない」という簡潔で的確な意思表示になるはずだったんだ。


 しかし天使との契約のせいで眠気がこない。


 となれば、俺ができることはせいぜい「マジメに授業を聞いているフリして、実は頭の中ではパンティーのことしか考えていないんだぜ」なんて自己満足のマウントをとることくらいである。


 他の選択肢は皆無といっていい。


 よって、パンティー。


 すべからく、パンティー。


 これが論理的思考ってヤツです。


 さてと。


 よしよし、これでようやく本題に入れるな。


 一度妄想の世界に入ってしまった俺の集中力は天変地異さえものともしない。言うなれば領域展開、必中のパンティーである。弱そー。


 それではフショウ伊能推歩いのうすいほ、進行を務めさせていただきます。張り切っていくぞお!


 …………ゴホン。 


 パンティー。


 それ即ち女性用下着。


 ……別にパンツは女物に限らないだろうとかいう不届き者がいるやもしれないので初めに注意しておくと、男物のパンツはパンティーとは呼ばない。


 呼ばないし、俺が断固呼ばせない。


 パンティーというたった五文字のネーミングに込められた、主に男子中学生達の純情無垢な想いを、その不届き者はまるで理解していないのだ。


 だってそうだろ⁉


 パンツと言ってしまっては男物と区別が付かないし、かといって女物のパンツの話がしたいときに「女物のパンツの話をしようぜ」なんて切り出しては、なんかリアルなだけでワクワクしねえじゃねーか! 


 そして女物のパンツの話がしたいときなんてないとか思ったそこのお前は不敬罪、だ!


 あ、もちろんパンティーに対する不敬罪。


 パンティーとはつまるところ女物のパンツへの敬称であり、主に男子中学生からの深いリスペクトが込められた言葉なのだ。


 語尾をほんの少し変化させることで微量のエロティックを含みながらも、あくまでコミカルでキャッチーな印象を抱かせるという高等テクニック。


 攻めすぎた下ネタで闇に葬られた数多の男子中学生のしかばねの結晶により、パンティーという概念が誕生したのである。


 どう? ちょっとはリスペクト感じてきた?


「――――で、あるからに、下人の行方は――――」


 手を伸ばせば届きそうな距離で声を張り上げる浄瑠璃。ふと視線がぶつかる。


 俺がかつてないほどに深刻な表情をしていることに気付き、心なしか嬉しそうな顔を見せているようだ。


 っはは、わりいな浄瑠璃‼ 


 俺の頭は今パンティー一色だぜ‼ 


 さて、場も暖まってきたところでいよいよ本格的に、本日の四つのパンティー論題を発表するとしようかあ!


 その一、結局のところ、一番えっちいパンティーの色は純白or漆黒どっちなの問題。


 その二、いまや絶対的な地位を確立したといえるいちごパンツが一番萌える対象年齢はズバリ何歳なの問題。


 その三、なんやかんや言って黒の刺繍が最強なんじゃないの問題。


 そしてその四、ぬあーしかしピンクの紐パンも捨てがたいなぁ問題、だ!


 ……後半に関しては私情というか個人的フェチズムが混在していることは認めるが、しかし論題一、論題二に関しては長年パンティー愛好家の間でも論争が巻き起こり、死傷者が発生したという噂も絶えない重大な論題である。


 ここはいざ、パンティーマスターであるこの俺が直々に――――


「――――ちょっと、ちょっと推歩すいほってば‼」


 ……うっせえ。ほんとうっせえ。


 毎度毎度、どれだけ俺の邪魔をしたら気が済むんだ。右隣から、小声ながらも強い催促のこもった声。


 名前は虹色きらり。一言で言うと幼馴染を超越した幼馴染だ。


 当然のように家は隣だし、幼稚園、小学校、中学校、そして高校一年を経て二年目の夏、合わせて十数年は同じ学校同じクラスであり、そして末恐ろしいことにずーーーーーっと隣の席という因果律的な何かが働いているとしか思えないスーパー幼馴染である。


「んだよ、かの浄瑠璃大先生が授業中だろうが」


 こちらも小声で返答。授業に集中しやがれこの不良女子高生が。


 お楽しみ、というか学術的研究に水を差されたので、不機嫌丸出しで右を向く。


 視界に入ってきたのはビビッドな桃色ショートヘア。小顔だからサイズ感といい色合いといい、なんか桃ーって感じ。


 コイツ、神経回路が俺のような天才とはまた違うベクトルでぶっ飛んでいて、色々あったあの春祭り以降、命の次に大切だとかほざいていた黒髪をいきなりド派手なピンクに染めてきたのである。


 しかしそれで悪い噂が流れないあたりはまあ、コイツのクラスでの立ち回りが上手いんだと思う。女子陸上部のエースで、飾らない性格。同性からの人気は恐ろしく高い。


 …………本当はそんなキャラじゃねーのに。無理しちゃってよ。


 で、何? 何なの? 今忙しいんだけど。パンティーで手が離せないんだけど。


「んだよじゃないわよ! さっきからずっとニヤニヤしちゃってさ。どうせパンツのこととか考えてたんでしょーけど、ほら」


 体を寄せて平気で耳打ちしてくるきらり。距離感バグってんのか。そんでもって平然と俺の思考を読んでくるあたり、おっかないたらありゃしねえ。


 でも惜しいねえ。あいにく、俺が考えてたのはパンツじゃなくてパンティーなのさ。


 ほら、と言われた方を見ると、


「ん、どうだ、伊能には難しいかあ?」


 …………やベっ。


 正面にはじっとこちらの答えを待つ浄瑠璃の姿。さっきも言ったけど、手を伸ばせば届きそうな距離。


「え、えぇっとー」


 慌てて立ち上がる。え、何聞かれたの俺。マジすんません、ちょうどたまたま偶然例外的にパンティーのことばっか考えていたもので何にも分からないんですけど⁉


「ほら、下人の行方よ。下人は最期、どこに向かったのか」


 ほんと推歩はあたしがいないとダメなんだから、とお決まりのイヤミとセットで教えてくれるきらり。こういう時ばっかりは本当にありがたい。いや、マジサンキューな。そっかそっか、下人の行方か。


 下人の行方ね。


 えっと確か、老婆に追いはぎを働いた下人が逃走して、その後。


 その後の、下人の行方。


 …………。


 …………え? 分かるわけなくね? 


 分かるわけないっていうか、分からない所がエモいぜー的な話っていうか、『下人の行方は誰も知らない』の一文のエモさだけで教科書に採用されてるみたいな所あるっていうか、あれあれ? 


 もしや浄瑠璃の授業は鬼のようにレベルが高いのかな? クソ教師日本代表のような顔をして、こと授業に関しては普通に神教師なのかな?


「あ、あはは。え、えっとー、下人の行方は――――」


「――――ふにゃあああああああああああああああ⁉」


 ……だからうるせぇよ。


 どう答えたものかと悩んでいる俺の思考を一瞬で忘却の彼方へと吹き飛ばしたのは、左隣の黒姫燦くろひめさんだった。


「あ、あああ、っ、悪魔だああああ⁉ なんでぇぇぇぇ⁉」


 右隣のきらりに対して、左隣の黒姫。


 右隣のまな板に対して、左隣のおっぱいちゃん……。


 黒姫さん、そのバストに比例して声もでけえみたい。


 これで左右から一回ずつ鼓膜を攻撃されたわけだが、しかし直後、今度は右からパリィンと耳をつんざくような鋭い破裂音。


 廊下側の窓が割れた音だった。


 ――――つーか、さっき黒姫、、って、言ったのか?


 悪寒がする。背筋が凍るような。嫌な予感。それもとびきり最悪の、だった。


 どうやら、俺の脳裏に浮かんだ最悪の展開をその目で確かめるより先に、教室は錯乱状態となったようだった。


「な、何だあのバケモノッ‼」「逃げろおおお‼」「ちょっと、押さないでよ⁉」「お、俺じゃねえ‼ コイツがッ‼」「い、――――る、また――――ッ‼」


 みんなが蜘蛛の子散らすように校庭側の窓へと雪崩なだれこむ。


 有り得ないなんてことは有り得ない。


 春祭りのとき、使が言ってたっけ。まあサブカルなあいつのことだからどーせどっかのマンガからの受け売りだろうけど、でもそれにしたって、いくらなんでも、こんな真昼間に現れるなんてことが有り得るんだろうか?


 しかしなんというか、何も知らない一般人である黒姫でも一目見てそう命名するくらいだから、やはりコイツはどこまでも悪魔的なんだろう。


 鋭い破裂音の先、廊下側の窓ガラスを割って、


 ――――その悪魔は教室に侵入した。


 泥の異形。


 自称天使によると、天界では悪魔のことをそう呼ぶらしい。


 悪魔は全長二メートルを超える人型の巨体に魔界の泥を全身に覆っていた。


 ぱっと見、気味の悪いでいだらぼっちみたいだ。その虚空の瞳が、どこまでも暗い闇が、俺達を不気味に見下ろしている。


 ふつう、悪魔はまずをするんだけど、まだ発声器官が発達していないのか、森のざわめきのような声にならない声をもらすばかり。


 正直、もう数十体は見てきた俺にとってはありふれた低級悪魔に過ぎない。でも低級悪魔っていうのは、今回に限ればむしろ厄介だったのかも。


 そしてさらにさらに厄介なことは、悪魔が侵入した廊下の窓から一番近い席に座っていたのが、クラスのマドンナである天音さんだということだった。


 教室だと一段とデカくみえる。


 吊り電球に頭がつきそうな高さから、悪魔はぎょろりと今にもこぼれ落ちそうな目ん玉を天音さんに向けた。


「ひっ」


 兎が鳴いたような、小さくて弱い声。


 天音さんは金縛りにあったみたいにぴたっとなって動けない。


 悪魔は叫び、天音さんへと泥の手を伸ばした。


「パ……ィ。イイイ、イチニンゲン、ニオッパイィィ!」


「い、いやっ」


 短い悲鳴。


 それが天音さんにできる精一杯の抵抗だった。


 悪魔がクラス一の美女に触れて、そして、…………。


 脳が、フリーズする。


 あああああああ。


 あ、ああ、ああああああああ⁉ 


 う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁ‼ 


 悪魔め、低級のくせに、天上の花嫁が如き天音さんのお胸を、そのお胸をおおおお‼ 


 お、おおお、しやがったああああ‼


 くそっ、迂闊だった! 


 低級で知能が低いということは、悪魔は脳の隅々まで本能的欲求、すなわちエロ方面に支配されているということを意味するッ!


 この悪魔、こんなナリして考えてることはそのへんのエロ親父と同レベルじゃねーか!


 しかも今なんて抜かしやがった。『一人間、二おっぱい』だとおお⁉ なにその発想、ちょーきもいんですけど! さすがにひくんですけど!


 許さねえ、今すぐ俺の異能でぶった斬ってやる‼ 


(ま、待ちなさい伊能推歩‼ 契約を忘れたのですか⁉ これだけ多くの一般人がいる前で力を使ってはいけません‼)


 ⁉


 脳内に直接響くエコーがかった声。自称天使、もとい契約主のおでましである。


 こちらも脳内で素早く返答。


(うるせぇ‼ あんな低級薄どろエロ魔人に天音さんがあんなことやこんなことされてんのに、黙ってられっかよ‼)


 薄どろとした雰囲気のくせに分厚い泥……、なんてくだらないジョークを言っている場合じゃねえんだぜぇ‼


(そ、それについては、なんというか……。で、ですが良いのですかっ⁉ 散々忠告していたはずです! 契約違反を犯した異能者は死刑なのですよ!)


(はは、天音さんのお胸を守って死ねるのなら本望ッ‼ おい生意気天使、俺だって散々言ってきたよなぁぁ‼)


「俺は――――」


 生徒を守るポージング(ここ重要)をして前に出ている浄瑠璃を、悪魔への憎悪と、ついでに浄瑠璃への個人的な恨みを込めて突き飛ばす。


「な、何をするんだ伊能! 危ないから早く先生の後ろに!」


「うるさい喋るな息吸うな税金泥棒のくそ教師ぃ! へーーんだ!」


「あ、お前っ。ドサクサに紛れてなにをっ」


「あーうるせーうるせー聞きたくねー。前から思ってたけど、お前、別にイケメンじゃねえから!」


「な、なにい」


 ……ゴホン。


 本題からずれた。


 俺は。


(いいか天使、俺は毎日たった一つのことだけを夢想して生きてきた、流離さすらいの旅人、孤高の夢追い人なんだぜ‼ てめえみたいな生意気天使と契約して異能使いになったのも全部、それだけのためなんだ‼)


(…………まーた始まった)


 呆れた声で俺の口上に口を挟む生意気天使。そんでも俺の発言を遮らないあたり、天使ちゃんもツンデレちゃんなのである。


 そうだ、ここで格好付けなきゃ男じゃねえ!


 今ここにっ、男伊能推歩は高らかに宣言する! 


「俺はッ‼」


 俺は――――。


「天音さんの性奴隷になりたいんだああ‼」


 …………………………………………。


 …………………………あれ、そうだっけ? 


 教室という狭い閉鎖空間に反響する俺の魂の叫び。


 あれあれ? 


 ただの高校生(実は異能使い、溢れんばかりの才能を持つ)が秘めた力でクラスメイトを守る超格好いいシーンのはずが、ただ俺の性癖を暴露しただけになってない? 


 ああっ、背中から感じるみんなの視線が痛い。痛すぎるぅ。


(……なんというか、見事なまでに最低ですね、あなた)


 ここぞとばかりに首を突っ込んでくる生意気天使。くぐもった笑い声を隠しきれてない。この天使、さては楽しんでやがるな?


 ……で、でもっ! 


 天音さんのためなら蔑視上等、死刑上等じゃい! 


 ていうか、蔑視はむしろイイみたいな所あるよねっ‼


「いくぜっ‼ 異能、佩炎剣はいえんけんッッ‼」


 瞬間、俺の虚空から伸びる退魔の剣。全長一メートル近い鉄骨が如きそのツヴァイヘンダーを、薄汚い泥豚に向けて一閃するッ‼


 巨悪から天音さんのお胸を守るために。


 あわよくばクラスのヒーローになって、女子からチヤホヤされるためにッ‼

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