第2章

第16話 目覚め





「――ゼロ! シノリア! ミラ!」



 何度も叫ぶ。何度もその名を声に出す。



 手を伸ばせば届く所にいるのに、決してそこに到達することはない。触れることさえできない。



 真っ赤に燃え上がる炎。彼らとを隔てている地獄の業火は、その威力が増すばかりだ。





「助けて!」


「熱いよディラン……」


「ディラン!」


「ディラン!」


「ディラン!」


「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」

「ディラン!」





 

 



「うわあああああああああああああああああああああっっっ!!!!」














                      

***




 瞼が開く。その瞳に映るのは、忌まわしき獄炎――ではなくただの白い天井。




「……またこの夢か」



  

 ベッドから上体を起こした俺は、無意識のうちに突き上げられていた右手を下ろし、手汗でじっとりと滲んだ手のひらをぼんやりと見つめる。




 中に何かがあるわけでもない。握ってもそこにあるのは実体のない空気だけ。




 寝ている間に随分と汗をかいてしまった。雨に打たれた後みたいだ。




 ベッドから降りようとすると、ミシミシと木の軋んだ音が聞こえた。これももう古い。




 ワンルームのこの部屋ではシャワー室まですぐそこだ。着ていた服を床に脱ぎ捨てた俺は、そのまま汗を流しにいく。




 夢――いや、あれは悪夢と呼ぶべきか。




 定期的に俺の中に出てくるリアルなそれは、一度も伸ばした手が握り返されることがなかった。




 夢なんてもの、所詮は脳が作り出したものだ。経験したことやないこと含め、何もかもがごちゃ混ぜになって映像として現れると、俺は勝手にそう思い込んでいる。




 同じ夢を複数回、それも同じ場面だけを見るなんてこと、あの夢以外に覚えがない。本当は起きた時に忘れているだけかもしれないけど、あの後悔しか残らない夢は一度たりとも忘れたことはない。










 新たな衣服に身を包んだ俺は、あまりにの目覚めの悪さに多少の頭痛を覚え、もうひと眠りしようとベッドに腰掛けようとした時だった。




 コンコン、と規則的なリズムで扉を叩く音が部屋に響いた。




「こんな朝から誰だよ……」




 と言いつつも、本当は来訪者が誰なのかという見当はついていた。




 この夢を見た直後に顔を合わせるのは、若干気が引けるが、居留守を決め込んだら扉をぶち破られる恐れがあるため、俺は渋々扉を引いて訪問者を確認する。




「おはようディラン、いつにもまして顔色が良くないわね。ちゃんとご飯食べてるの?」




 今の俺とは真逆であろう凛とした表情で、男一人の汚部屋には似つかわしくない、光り輝く白銀の髪を耳にかけた少女。











「まだ寝起きなだけだ、おはようシノリア」











 俺の唯一の友人にして最も信頼のできるその少女は、相も変わらず目を細めて俺に優しく微笑みかけていた。

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