第7話 魔法の修業

この先生のことだから、初めからみっちり教えてくれる――とまでは期待していなかったが、こんな雑な扱いをされるとも思っていなかった。


「何かって言われても、そもそも魔法の出し方なんて分からないですよ」


俺はディランじゃなくて、ディランの皮を被ったただの男子高校生だということを早くも忘れているのか?


「ったく、仕方ない……魔法を発動するにあたって最も大切なのは、イメージすることだ」


「イメージ、ですか……」


「何をするにしても、自分が頭の中で描いたものを魔力を消費して、その通りに具現化できて初めて、それが魔法と呼べるものになる。お前は昨日も言ったが、いわゆる天才というやつだ。私がごちゃごちゃ言うより身体で感じた方が早いだろう」


 面倒くさそうにしながらも、何だかんだ説明はしてくれる先生。やっぱりこの人は根はとてもいい人なのだろう。


 俺はディランの記憶で一番強く残っている魔法を思い浮かべる。


 大気中に漂っている魔力を体内に取り込む――というのが、いまいちピンとこないのだけれど、目を閉じて深く集中してみれば、何かエネルギーのようなものが内側から湧き上がってくるのを感じた。


「その調子だ、魔力は無限に取り込めるというわけではなく、個人差がある。言わば身体の中に目に見えない容器がある感じだ。そこに魔力が溜まっていき、上限を超える分は一切受け付けない」


 瞼を閉じた暗闇の外で、先生の声が反芻される。それは恐らく過去にもディラン自身が聞いたことで、復習の意も込めて俺は魔法についてのディランの知識と照らし合わせた。


「魔力を取り込める容器の大きさは鍛錬によって大きくすることができ、一度に放出できる魔力が多いほど強力な魔法を出せる」


 俗に言う、フィジカルトレーニングというやつだ。筋トレやランニングで身体強化を行えば、魔力の貯蔵を増やすことは可能になる。だがしかし、その訓練法は少し古くなっているのだ。


「今の時代、戦闘を有利に進められることができるとされているのは、一つの魔法に対する消費魔力をいかに抑えられるか、ということだ」


 ゲームに例えると、最大魔力が百の魔法使いが二人いると仮定して、同じ魔法を使う際、片方は魔力を三十消費し、対してもう片方は十の消費で済む。魔法使いとしてどちらが優れているかというと、断然後者になる。


「要は量より質になるというわけだ。これもディランの記憶にあると思うが、魔法の行使で失った魔力をすぐに補充できるかというと、人間の身体はそれほど頑丈にはできていない。一度マックスになった魔力は、それをほぼ全て使い切るまで新たに蓄えることができないんだ。そして魔力が空になった状態をこの世界では『リアー』と呼ぶ。リアーになれば、歩くことさえままならないほど、体力が根こそぎ奪われた状態に陥り、回復するには一時間ほど要する」


 そう、なので魔法使いは自身の限界を知るため、修業の際意図的にリアーを引き起こしたりしているのだ。それはディランも例外ではなく、俺も実際に経験したわけではないのに、その記憶を浮かべようとすると鳥肌が立ってしまうぐらいだ。


「とまあ、今のとこ説明はこんぐらいだな。自分の身体のことは自分が一番わかってるっていうし。まあお前の場合は一日しか経ってないけどな」


 これが異世界転生ジョークか? 


先生は多分、というより確実に習うより慣れよ派の人だ。それが正しいかどうかは置いといて、今の俺に魔法の理論をごちゃごちゃ説かれてもちんぷんかんぷんになるのは間違いないので、かえってそれはありがたかった。


 今この体内にある魔力をイメージとともに放出すればいいのだ。ディランがよく練習していて、一番馴染みのある魔法。


 全身の感覚が敏感になるほど研ぎ澄まされ、ゆっくりと目を開けると、身体が黄色い閃光に包まれていた。バチバチとスパーク音を出しながら迸る雷。


「上出来だ、試しに思いっきり跳び上がってみろ」


 先生にそう言われ、俺は膝を曲げて両足に力を込める。


 ――瞬間。


 視界が切り替わる。


 気づいたときには先生の姿が豆粒に見えるほど遠くなっていた。いや、俺の方が地面から離れたんだ。


 それを意識した瞬間、恐ろしいまでの恐怖が俺を襲う。


 これ上空何メートルだ……? 軽く四階建ての俺の高校の屋上ぐらいはある……ような気が……。


「うわあああああああああああああああああっ」


 この世界に来て――どころかもう記憶にないほどの叫びをあげながら、俺の小さな身体は重力に逆らうことなく落下を開始する。


「足で着地すれば大丈夫だ! ちゃんと雷を全身に纏っていれば問題ない!」


 辛うじて耳に入ってきた先生の言葉を信じ、俺は何とか空中で体勢を整える。そしてそのまま細い二本の足で降り立ったことにより骨が粉々に砕け散る――ということはなく、全体を支えるために多少の重みを感じたものの、それ以外は何事もなく着地を決めることができた。


 安堵感で吐き出した吐息とともに、俺を包んでいた黄金の雷は霧散する。


「死ぬかと思った……」



「半分だ」



「えっ?」


 

息を整えた俺を出迎えた先生の一言目に、俺は何のことやらと首を傾げる。ディランの半分とかって意味か? だとしたら許してほしい。こっちは一応初心者なんだから。

 

 先生は後ろに立つ大木の幹に手を添え、葉隠れしている空を見上げていた。


「ディランのこれまでの最高到達点は、ちょうどこの木の高さと同じぐらいだった。だがお前は今、その倍の跳躍をしてみせた」


 これが一体何を意味するのか、俺はもちろんのこと、先生でさえ分かっていない様子だった。


「これはもしかしたら……いや、いったん休憩にしよう。あの情けない悲鳴を聞く限り、どうもお前は戦闘や痛みの耐性はほぼないに等しいようだ。元いた世界では随分と平和な日々を送っていたんだろうな」


 そりゃそうですよ……と俺は苦笑いを浮かべる。実際に魔法を受けたりしたらどれだけ痛いのだろう。ちょっとコケて膝を擦りむいたや、捻挫などとは比にならないのは確かだが……。


「いつもならこの後は実際にあいつらと手合わせするところだが、今のお前だとさすがに人が変わったと疑われてもおかしくない。あいつらには適当に言っとくから、その間お前は私と個人訓練だ。どんな痛みにも耐えられるようしごいてやる」



「あ、ありがとうございます」


 ……って、感謝するべきなのか?


 やや、というかかなり嫌な予感しかしないけど、今はそれが最適なのかもしれない。


 





 そうして休憩の後、ゼロ、シノリア、ミラの三人が交代でドンパチやり合っているのを音で感じながら、俺は先生とのマンツーマンレッスンを受けていた。





















 





――これが先生との最初で最後の修業になるとは、その時は微塵にも思っていなかった。


 



 

 

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