七冊目 どちらかが彼女を殺した。 その三
「まず、亜以はその日、カボチャ――ジャック・オー・ランタンを終始被っていた。視界は常に悪かったはず。今でこそ、こうして毎日机を突き合せているから、わたしたち双子の細かい違いを判別できるかもしれない。けれど、今と昔とじゃ違う。わたしたち双子は口調や表情で判別できるって昔からよく人に言われていた。がしかし、視界の悪い状態での幼い頃の曖昧な記憶。それを現在に当て嵌めて、無理やりにわたしが犯人だと決めつけないで欲しいわ」
曖昧なってところを強調して喋った。
ううん……本当に罪状ぶら下げ校内徘徊決行してもらおうかな。
素直な謝罪ひとつ貰えれば正直それでよかったんだけど。なにせ子供の頃の話だし。
「それと――ジャック・オー・ランタン。つまりハロウィン。ハロウィーンは十月三十一日に行われる。あいにく天候はその日、雨。一日中ぐずついていたとも亜以は言っていたわ。十月後半の日没はだいたい夕方五時。ただでさえ暗い中、視界は悪く、さらに天候も悪い。ほうら、記憶にどんどん不安が生じてきたわ。あなたが出会ったのは本当にわたしたち姉妹だったのかしら。もうそこから怪しくなってきた」
むしろだんだんと細かいところまで思い出してきたような。
そういえば、あの日はやけに暗かったな。
「言って、遊んだのなんてどうせ昼でしょう。天気悪くったって昼間ならそこそこ見えるよ。それに、あんな変な格好する女の子、ミキミキの他にいないよ」
「ふふ。変な格好かどうかは議論が必要だから一旦脇に置いておくとして……昼ではないと思うわ。むしろもっと暗い。夕方よ」
「どうして?」
「あなたの話にはお昼ごはんを食べる描写がなかったもの。あなたもそうだし、わたしたち……じゃなかった……えっと、その遊んだ五人もお昼ごはんを食べる描写が無かったもの」
おい。
「でも、それだけで夕方だって決めつけるのは……」
「あなただけならともかく、五人全員がお昼を食べに家に戻ったりする描写、記憶がないとなると昼以降と考える方が自然かしらね。幼い子供よ?」
むう。言われてみれば?
「午前中って可能性は――」
「それこそない」
にやりと笑って遮り言う。わっるい笑顔だなあ。
幼い頃の記憶とはいえ、自らの口で語って聞かせた自らの記憶に、話を聞いただけの他人が細かい情報をどんどん補足していく今の状況には少々違和感を覚える。これで自分が犯人じゃないって主張してるんだから見上げたものだ。
「子供たちの帰りを促す地域放送が最後に流れたでしょう? 五時を知らせる。十月のその時間帯ともなればほぼ真っ暗。そしてこれ、重要なんだけど、亜以が遊んだ戦争ごっこはワンゲームでしょう? 話を聞いた限り、その戦争ごっこ一回に一時間二時間も掛かったとはとてもじゃないけど思えない。
三十分、いいえ、戦争ごっこの中でも亜以の語ったワンゲームはもっと短ったはずね。一人捕まってすぐに助けてそれで終了したんだもの。せいぜい十五分、掛かっても二十分と言ったところかしら? これがなにを意味するのか理解出来る?」
当事者じゃないって主張しているのに随分詳しいっすね。
つと、顎に手を当てて考えてみる。
陣地なる空き家と空き家の距離がめちゃくちゃ遠かったとかならまだしも、子供の脚ですぐの距離。向かい側と言ってもいい距離だった。
「つまり、私があなたたちに出会った時点で既に夕方だった……?」
「そう!」
「お姉ちゃん。語るに落ちてるよ」
麓到着後、私は少し移動した。今はなきスーパー跡地へと。しかし、往復でも三分も掛からない距離。百メートルもないのだ。それを計算に入れるとしても、ワンゲームに十五分から二十分。出会いやルール説明の話し合い、チームでの相談事などは全部合わせても十五分ってところだろう。余裕を見て二十分。その後の地域放送を念頭におくと私が到着したのは夕方四時半前ってところか。
なるほど……十月後半のその時間帯。たしかに暗い。指摘は最もだ。
そういえば――まだ五歳の子供が巻いた雑な包帯ぐるぐる巻き。
恐らく、その間からこの特徴的な銀髪が、それこそ、志々雄真みたいにぴょんぴょん飛び出ていてもおかしくなかったはずなのに記憶にないってことは……たぶんカボチャの視界の悪さ、私がミイラに相対するとき必死になっていたせいであまり見ていなかった、単純に暗かった、以上三点の問題があったろうが……どちらかと言えば、曇天とこの子の銀髪が重なっていて見えにくかったということが主原因じゃないだろうか。
……覚えていない時点で、そこを論拠とし、姉を犯人と指摘するのはちと弱いか。髪の毛が一切出ていなかったという可能性だってあるし。
逆に妹の、白タートルの子の髪色からミイラを姉――ミキミキだと指摘できないかと一瞬考えるものの、そういえば白タートルの子はぼんぼんの付いたニットキャップを被っていたな。髪色が記憶にないってことは髪をニットキャップの中に全て収めていたんだろう。それか単純に私が覚えていないか。
駄目だ。どれも使えない。
なにか――なにか、私の記憶の中にこの姉を犯人だと確定できる要素はないものだろうか?
何か一つくらいはあるはず。
いや、まあ、妹が犯人だって可能性も一応まだ残っているけれど。
なにせだんだん腹立ってきたし。ちょっとムキにもなってきたし。
もう十年も前の曖昧で朧げな記憶――そこをつついて来られると正直どうしようもない。
姉は妹からのツッコミを無視し続けた。
「恐らく、亜以はその日、山を下りるかどうかでずっと悩んでいたんじゃない? ママもパパも仕事でいなかった。けれど、この格好いいジャック・オー・ランタンをひと目でいいからみんなに見せたかった。そうして朝からずっと悩み、ママの用意してくれたお昼ごはんを食べ、それからもずっと悩んでしばらくしてからようやく亜以は家を出たのよ。
亜以、あなたの家から下の小学校まではどのくらい掛かるの?」
「自転車で十五分。歩きだと三四十分掛かるかな……」
北側は道が直線だから良いのだが、西側は道が蛇行しているから結構時間が掛かるのだ。よくあそこを下り切ろうと決心したものである。
「まして子供の脚ともなれば、もっと時間が掛かるでしょう。例え、下り坂を補助輪付きの自転車で飛ばして下りて行ったとしてもね。カボチャを壊さないよう気をつけていたとも言っていたし、何度か転んだとも言っていたもんね、亜以は。その度に時間のロスも生まれたはず」
「ねぇ、今更なんだけどぉ、これぇ、何の話ぃ?」
夢々ちゃんが、ちらちら私とミキミキとで視線を往復させていた。
彼女にはどうして私達が揉めているのか分からないのだろう。やめなよぉ喧嘩しちゃいけないよぉ、と言われているようで申し訳なくなる。
揉めてるつもりないんだけどね。謝罪の一言で済む話なのに、姉が一人で勝手に話をややこしくしてる感じ。
「つまり! 視界は最悪! さらにさらに! 件の双子、一人は包帯で顔を覆い、一人はタートルネックを鼻まで押し上げていた! 区別は全くと言っていいほど付かない状態!」
「だから漫画の悪役のコスプレとか『殺す』発言とかやたら自分勝手っぽいところとか、自分が食べられないお菓子押し付けて来るところとか特徴出まくりでしょ……あなたたち双子姉妹しか考えられないんだけど……。距離的にもあなたたちでしょ……」
むしろなんで今まで気が付かなかったんだろう。
日常生活にヒントしかなかった。
「わたし、そんなことしたっけ? そんな危ない遊びやってたかなあ……。小学校の近くってあそこかあ……んー……全然出てこない。全然出てこないぞー。仮にわたしたちだったとしても、全部お姉ちゃんが悪いってことだけはわかるんだけどなー」
妹の方は悩む振りをしながらも、とりあえず姉に全部責任を押し付けることにしたらしい。保身に対して余念がない妹である。
「……仮にわたしたち姉妹っていうのは認めるとしても、どちらがどちらなのかってことまでは分からないはずよ!」
流石にそこは認めざるを得ないのか譲ることにしたようだ。
でもなあ。
正直、状況証拠だけで十分な話だと思うんだけど。
私がまだ納得できない様子でいると、姉はちっちっちと指を振る。
「亜以、知ってる? 記憶は塗り替えられるものなのよ」
何時だか言っていた台詞だ。
そうして彼女は膝をついたまま、両手をバッと広げた。
恐らく、彼女なりの格好いいポーズなのだろうが、床に膝を付いているせいか、神様からご神託受けた人みたくなってて、あんまり格好付いてない。その格好のまま天に向かって叫ぶ。
「つまり! はっきりしているのはひとつだけ!
どちらかがカボチャを壊した。
これのみ! 以上! Q・E・D!」
QEDの意味を調べ直してきてこい。
はあ。全然証明終了してないよ。どころか分かりきっていた事柄に、適当に謎でっち上げて取っ付けて責任の所在を曖昧にしたかっただけにしか見えないよ。
その顔……上手いこと直前まで話していた東野圭吾の、加賀恭一郎シリーズタイトルに当て嵌められてご満悦といった表情だ。
アレ、解説読んでもさっぱりだったから結局ググったよね。そんな人、私以外にもいるんじゃないかな。今どうでもいいけどさ。
「そういうことなら仕方ないよね。どっちが犯人か分かんないんじゃあ、罰も何もないよね。うん。そうだよね。仕方ないよ。決めつけよくない」
ミキは自分にまで火の粉が降り掛かってきたから、適当に場を流すことにしたらしい。
……この双子姉妹は……私はため息を振り払うかのように首を振った。
さて、と。
証拠。犯人。ね。
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