四冊目 池袋ウエストゲートパーク その十
♪
「とんだクソガキね」
「クソガキじゃん」
昼休みもそろそろ終わりを迎えようとしている。話しながらも昼ごはんはとっくに食べ終えていて、喋り終わるや双子が放った一言は、私にも納得の一言だった。
「だよねえ。あれからずっと考えてたんだけどさ。今思うと、あの子ら、やばかったよねえ」
「他人の敷地に勝手に侵入。花火による騒音……気をつけてはいたようだけど、なにか間違えば建物にロウソクの火が引火、なんてことだってあり得たかもね」
「二人はさ。こういう危険な遊びってして来なかったの?」
ミキから問われた疑問を返した。
「女の子だもんね」
「大人しいものよ」
「色々な遊びはやった気がするけど」
「記憶は塗り替えられるもの。それに、流石に五歳やその辺りの、物心つき始めの頃となるとあまり覚えていないわね」
「……そっか」
私も五歳ともなれば曖昧だ。今した話は、自分の中で強烈に記憶に刻み込まれていたから、こうして語って聞かせることが出来たものの。
最近じゃこんな田舎でも、あまり外で遊ぶ子供も見なくなってきた。私らが子供の頃はその最後の世代だったんだろうな。田舎の子供ってのは結構な危険なことをするのだ。
人が少ないが故、立ち入っちゃいけない場所に平気で立ち入り、そこでしてはならないような刺激的なことをする。子供ってのは刺激が大好きだからね。
変な二人だし、ひょっとしたら二人で変な遊びでも開拓していそうだと聞いてみたけれど、どうやらその辺りにいる普通の女の子と変わらなかったらしい。
「てかさー。ピンポンダッシュなんて霞んじゃうくらいにヤバい子たちじゃん。それからその子たちには会えたの?」
ピンポンダッシュって言っても身の危険を感じて逃げただけだしね。
私は首を振った。
「んーん。私も顔は最後まで見せなかったし、しばらくして、私も小学校に上がっちゃったしね。友だちはそっちで出来たから、あのときの子たちとはそれっきり」
「ふうん」
「でもね」
姉の方が憤然とした様子で腕組していた。眉を釣り上げて珍しく怒っている。
「そのミイラの子にはきっちりと落とし前を付けさせるべきよ。人が大切にしていた物を奪ってあまつさえ壊すなんて。わたしはそういう子供ながらに格好いい物って本当によく理解出来るタチだから理解るわ。その時のあなたの気持ちはようっく理解る。同情っていうのももちろんあるわ。けれど、わたし自身の気持ちもあるわね。聞いてて胸がムカムカしたわ」
「ミイラの方もそうだけど、その、最後にいらない物命令口調で押し付けてきた白タートルの子もすっごい腹立つよね。ムカつくよ、マジでさ。ツインテもなーんか態度悪そうでイラッときたなあ……ねえ、ミイラと白タートルの顔は覚えてないの? どうせこの辺の奴らでしょ? わたしたちが探してあげよっか?」
「土下座させるべきね」
「罪状ぶら下げてね」
二人が自分のことのように怒ってくれて少し嬉しくなる。気が晴れるっていうかね。
この話は今まであまり人に話したことはなかったのだ。喋ったのはお母さんとお父さん、それとよっぽど仲良い友だちくらい。
今日、この二人に話せて良かった。
「ありがと。でも分かんないんだ。ミイラは顔包帯で覆ってたし、白タートルは顔半分隠してたから殆ど目だけでさ。もう十年以上も前だしねえ。他の子だってはっきりとは……成長しちゃってるだろうしね」
と、その時。
「ねー。ねー。ねー。ねー。ミキミキミキー。どっちでもいいからさー。今日体操着忘れちゃったから体操着貸してー」
「勝手にそこに掛かってるの持ってきなさい。本当、昔から記憶力はあるのに、肝心なことは忘れるのね」
「あはー。はーあー。もー二人だけクラス離れちゃって残念だったねー」
「服借りれるからいいけどね、あたしは。んじゃ、あたしはこっちの持ってこっと」
「は? あんたに貸すなんて一言も言ってないんだけど」
「いいじゃん。あたしとミキの仲じゃん」
「えんがちょだ。えんがちょ」
髪をくるくるにカールさせたプラチナブロンドのド派手なギャルたちが教室に入ってきた。一人は間の抜けた声で私たちのいる席へと近づきひらひらと手を振り、もう一人はその影からぬっと出てきて妹に突っ掛かっている。すごくでかい。百七十……下手したら百八十はありそう。姉に絡んでる方は仲良さげだが、妹に絡んでる方は謎だ。喧嘩するほどってやつか。
私はいきなり現れた自分とは正反対のド派手な人種に身を縮こませてしまう。
この子らって……、あの中庭ランチタイムのときに東屋で馬鹿笑いしてたギャル三人のうちの二人じゃん。えー。こっわ。二人とも知り合いだったのね……ミキミキは殺すとかなんとか言ってたけど、結局アレ、近づいてったところで大した問題でも無かったわけだ。この様子だと。
はあーあー……私はなんだか緊張してるけど肩の力が抜けてしまうという、自分でもよくわからない妙な状態に陥る。
なんだかなあ。
普段自分と仲良くしてる友だちが、自分が知らない友だちがいたことに対する嫉妬? そういうの、よくあるらしいって聞くよね。まさか自分がなるとは。
「ありがとー……うーんー? はれれー?」
「え」
姉に絡んでいた方の顔が目の前にあった。私がこの先人生において決してやることはないだろう今どき珍しいド派手なばっちりギャルメイク。えなに。超近い。怖いんだけど。
「あー! あいちゃんだー!」
「……へ?」
「久しぶりー。あれから大丈夫だったー? わたしたちすっごく心配したんだー」
「え、ええ……ありがと。ひ、久しぶりだね。あは。あはは。ははは。うん、もうダイジョウブダイジョウブ。全然問題ないって」
「あ。もう授業始まっちゃーう。また一緒に遊ぼうねー。それじゃあ、舞ちゃん行こー。ミキミキミキミキばいばーい」
「ミキが一個多いわ。さよなら友よ」
「んじゃね!」
「ん。行け行け」
姉も妹もどちらもどうでも良さそうに二人を見送った。私はその横でぽかんとちっこい方のギャルの背中を見やる。いや、私よりは大きいか。横にいるギャルのせいで相対的に小さく見える。女子としては普通の身長。会話からしてこの双子らと同じ中学出身。はて。私にあんな知り合いは――
「あなた、もっちと知り合いだったの?」
二人が消えても尚も教室の扉を眺める私にミキミキミキミキが声を掛けてきた。
「もっち?」
「丘羽(おかば)家のご三女さん。丘羽もっち。わたしらと同じ中学だよ」
妹も頬杖つきながら不思議そうにしている。
そう言われてましても。
「……知らない」
そんな変な名前の子が知り合いにいたら忘れないよ。
「久しぶりって言ってたじゃん」
「適当に話合わせただけ」
「そういうのやめた方がいいよー。ま、あの子、昔っからバカみたいに記憶力いいからね」
ふうんと私は頷くことしか出来なかった。
それにしちゃあ、つい最近どこかで会ったような口ぶりだったけど。っても、私そんな友だち多い方でもないし。昔っから。
だったらどこだ? んー? 誰だろう? あのぽわんぽわんした顔はなんとなく心に引っ掛かる物があるような? ないような? あるような?
悩む私に向かってミキミキがふっとため息をつくように笑った。
「どこかで会ってるのかもね」
さてね。
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