紡音

YOU

第1話 新しい音 響く心音


夏は暑い。それは決まり切っていることでどうしようもできない事実。

それでも、つい、意味もなく苛立たしく太陽を睨んでしまう。睨んだ目に眩い光が入り込み目を閉じた。


夏の空気は少しジメっとしていて、肌にまとわりつくような空気が心地悪い。

汗で肌に張り付いたシャツの感覚に耐えられずつい、パタパタと胸元に涼しい空気をいれるように仰いでしまう。


学校の体育館に行く途中の渡り廊下、少し詰まった列。

前にいる友人と早く帰って夏休み、堪能したいね。なんて曖昧に笑って話ながら足を進めた。体育館に高校生全生徒が入れば、校長先生のありがたくもない長い話を終え、クラスに戻り軽いHRが始まった。


簡単にプリントと宿題を山のように渡され、チャイムがなると同時に学級委員の号令がかかり、学生にとっての一大イベント”夏休み”が始まった。



帰り道の長いように思えるいつもの道を歩いていく。

カンカンに照り付ける太陽の日差しが肌をじりじりと焦がしていくような感覚に若干肌が痛むような気さえしてくる。

セミの声がよく耳に届いてきて、うるさい。

頬に流れた汗を雑にぬぐい、意味もなく立ち止まる。


……音が聞こえた。

トクン、と跳ねるような音。

音の方に視線を向ける。そこは暗い路地が続いていた。

こんな道あったんだ。もう長いことこの道を通っているのに普段意識していないせいか、初めて見たような気分になった。

…熱い、太陽から逃れるように日の当たらないその路地に足を進めた。

影があるだけで、気温が随分と違う。まるで別の世界の入り口に足を踏み入れたかのようなちょっとしたワクワクと謎に燻る不安の小さな灯。


足を進める。暗く狭い道、たまにぴちょんと小さく水が落ちる音が耳に届く。

ローファーのコツコツとした足音も小さく響いてくる。

洞窟の中を歩くかのようなそんな心地。知っているはずの道から少しそれただけなのに冒険をしているような気分になる。


しばらく歩いていけば、開けた場所に出た。暗がりから急に出たせいで光が眩しく、つい手で目に影を作ってしまった。

ゆっくりと、目を開け、細め、辺りを見渡す。

そこには大きな木が青々とした葉を緩く夏の温度を含んだ風で揺らしながら堂々と育っていた。その下にはポツンとある二人くらい座れそうなベンチ。


…そして、その木に手をついて見上げている少年。

制服を着ている。どこか別の学校の生徒だろうか。

不躾だったかもしれないが、トクントクンと規則的なる音が心地よく、つい聞き入り見入ってしまった。


少年が、くるりとこちらに視線を向けた。

眼が、合う。

青々とした葉のような…若葉色の瞳と視線が絡む。綺麗な目だ。

なぜか心臓を掴まれたかのような、悪いことをしているのが見つかったようなそんな心地になり一歩足が後ろに下がった。


「ぁ…」


小さく声が漏れた。何か、言わないと、いけないかもしれない。


「…」

不思議そうに私を待つように若葉色の瞳をした少年はこちらを見ている。

視線はそらされずお互いに、見つめあったまま、数秒、数十秒と時間が過ぎていき


「あは…!…そんな見なくても俺は逃げないよ」


その人が、笑ったのだった。


ドクン、と、何かが芽吹く音がした。

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