第二十一節 夢さめて

 最近、変な夢を見る。架純が化け物と戦っている夢。夢の中の架純は血だらけで、ボロボロで、見ていてつらい。そして夢の最後にはいつも、自由と引き換えに助けられる。そんな夢。

「──な?変な夢だろ?」

 近所のバーガーショップで、フライドポテトをソースに浸けながら仁は言った。それを聞いた架純は、

「ジュンちゃんゲームのやりすぎなんじゃない?それで夢の中で私と自分のアバター重ねちゃったとか」

 と、ハンバーガーを頬張った。

「俺のアバター男だぞ?知ってんだろ架純」

「いつもオンラインやってるからねぇ。来年の視力検査が怖くなる程度には」

「悪かったな!」

 架純は食べ終わったハンバーガーの包み紙を丸める。そんな架純を見つめて、仁は呟いた。

「でも一番変なのは…何故か知ってる気がするんだよな」

 神妙な顔つきで語る仁を見て、架純の手が止まる。

「それって…私が化け物かもしれない、ってこと?」

「そういうわけじゃないけど、ただ…」

 突然、架純の瞳から涙が溢れた。

「ただって何?ジュンちゃんまで私をのけものにするの…?やだよそんなの…ジュンちゃんいなくなったら、私…」

 仁はしどろもどろした。

 確かに自分の中でも違和感はある。でもまさか夢の話で泣かれるとは思わなかった。いや、夢の話だろうと無神経だったかもしれない。中学の頃、架純は同じ部活の奴等にいじめられていたのだから。

 だというのに。仁は自分の不甲斐なさに言葉ひとつ出せなかった。ケチャップの海に波々つかったフライドポテトからは、なんの味もしなかった。

 別々の帰り道を歩いた夜。仁はベッドの中で、悶々と考えていた。ちゃんと謝らないと。けれど、どんな言葉を届ければいいのかわからない。『ごめん』の三文字で足りるのか?

「…考えても仕方ねぇよな」

 結局、勢いのまま外に出てしまった。夜風が肌寒い。全く謝罪の言葉が思いつかないまま、仁は架純の家まで足を運んでいた。

 だが、その道中。架純の家の近くで、大きな物音がした。硬質の物体が砕ける音。こんな時に、夢の内容が頭の中をよぎった。

「架純…!」

──待て。

 不意に呼びかけられ、立ち止まる。振り向くと、鏡でよく見る姿の男が立っていた。

「俺…なのか…?」

──そんなことはどうでもいい。助けに行くつもりか?

「当たり前だろ!」

──忘れようとしたくせに。

 そう。知っていた。全て現実だということ。ここが自分の元いた世界とは違うということ。架純は無限樹の傍で、今も走り続けている。世界が壊れないように。

──お前は負けたんだよ。自分の弱さに。約束したのになぁ?お前はそれを破るんだ。自分勝手に。

 仁は膝から崩れ落ちた。

「そうだ…俺…勝手に…」

──ダメな奴だお前は!恋人との約束ひとつ守れないで、夢の世界に逃げた!負け犬なんだよ!

 わかっていた。いつ、どこで生まれるともわからないゾアを四人も捜す。しかも、その素質を持つ者が生まれる時期は、混沌が自由に操作できる。世界の摂理を転覆させるような、そんな途方も無い計画でも、仁はできると信じていた。だが知らずしらずの内に、心はもう疲れていた。架純がそこにいるならもう何だっていいじゃないかと、無意識に選んでしまうほどに。

 約束したのに、自分から反故にしてしまうなんて。消えてしまいたい。仁の心が完全に砕け散る寸前、轟く叫びを耳にした。

「誰か助けて!」

 次の瞬間、仁の身体は声の先に向かって動いていた。蘇る、あの日くれた言葉。疾走(はし)れ、仁──

 声の先にたどり着くと、そこには架純の家を襲う巨大な怪物がいた。本能的に、仁は怪物を殴っていた。怪物が仁の方を向く。凄まじい威圧感に息を呑む。だが、たじろぎはしなかった。

「俺がいなきゃダメなのは…ここじゃねぇ!」

 空が裂け、ユニゾンギア『ビルドネクサス』が降ってくる。鉄が全身を包み込み、光を放つ。形状は徐々に変化して、やがて竜を彷彿とさせる風貌となった。『ビルドネクサス ドラグブランド』の顕現である。

 両手から竜刃(ドラグエッジ)を出し、怪物を斬り裂く。後ろで見ていたもう一人の仁は面食らい、夢走に姿を変えた。

「バ、バカな…!たし、確かに挫けたはずなのに…!」

 仁は刹那の内に、夢走の眼前に立つ。そして拳を固めて言った。

「挫けても諦めない。それが架純から…皆からもらった『強さ』だ!」

 夢走と共に、夢の世界を殴り飛ばす。霧は晴れ、真っ白な景色が辺りを染め上げる。隣には澪士が立っていた。

「やっと起きたね」

「ごめん。俺…」

 澪士は仁の肩に手を乗せる。

「でも、立ったじゃないか。それで十分だよ」

「…ありがとう」

「行こう。君を待つ人達がいる」

 そうだ。行かなくてはならない所がある。叶えるべき夢がある。

 目を覚ます。崖の近くで横たわっている。おもむろに身体を起こし、仁はボロボロのユニゾンギアに触れた。するとユニゾンギアに入ったヒビから光が放たれ、表面は剥がれ、中からドラグブランドが現れた。

「行くぜ、俺──!」

 仁は風のごとく、その場を走り抜けていった。2つの世界が邂逅するまで、1時間を切っていた。

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