第29話 狂気と恐怖
目が覚めた柳は体を起こす。
六畳程の仮眠室、適当なソファと畳の上の布団、病院にありそうなベッド。何故か何種類もある寝台の中、柳は畳の上で目が覚める。布団は掛かっていない。
「ん?起きたの。取り敢えず検査するから」
目の前に居た人物は見覚えのある鴉羽のペストマスクを被っていた。柳を仮眠室の端にある机に連れてくると、彼女は柳が何かを言う前に道具を取り出し柳の目にそれを向ける。どう見てもレジにある赤外線センサーにしか見えないが。
青紫の光が柳に向けて照射される。怪しい光が目に来る。鴉女医のマスクのレンズに映った柳の顔に、青紫の魔法陣が見えた気がした。
「ちょ!それ何なんです?」
「んー?聞いてたもの以外は特にないか」
鴉女医は柳の顔をに手を置き、目や口の中を調べる。柳の話を聞いてないのか装置を置いて検査を続けようとする。
今度はディスプレイを取り出し柳に向ける。そこから鮮やかな砂嵐と共にごちゃ混ぜの音楽が流れる。不快な映像に柳は顔をしかめようとした。だが自分がその映像を食い入るように見つめていると気づいたのは鴉女医に質問された時だった。
「最近、体に異変は?」
「とくにない」
頭が真っ白になる感覚とは違うが、情報が強制的に送り込まれる感覚に脳が追い付かない。体は動かせず、自分の意識とは別に口は喋り始める。意識はあるが体を制御できない状況に恐怖を覚えた。
だが、はて?この感覚。柳には覚えがないはずなのに既視感があるようだ。いつそれはあった?
ひとしきり、当たり障りのない質問を答えさせられた後にようやく解放された。
「これ何の検査何ですか……」
「どう思った?」
「どう思ったってなんですか……」
意図の分からない質問、怪訝な表情の柳はその答えを口から捻り出す事が出来ない。
「ただ、どこかで感じたような……というか、何なんですか!?それ!体から脳を切り離されたかと思ったんですが!?」
「ふむふむ。即席としては上出来かしら」
鴉女医は柳の怒りをさらりと流し、柳の答えをもとにカルテか何かのレポートをまとめている。手持ち無沙汰で不満の募る柳は、なんとなくディスプレイを見る。自分をあんな状態にした装置、どういうものなのか純粋に気になったのだ。
机の上の真っ黒の画面、その先のコードは、女医が座る椅子の隣りに一つのカバンに伸びている女医の荷物だろうか。赤外線センサーも鞄から出ているがそれにはコードは着いておらず、それ単体の装置だとわかる。
だが一番目を惹かれた物体、それは半球状のガラスに覆われ何かピンク色の物体が浮いている。半球には幾つかコードと中のピンク色の物体に伸びた鉄線と繋がっている。だがそれをよく見る前に鴉女医の発言に気を取られた。
「やっぱりあんたはここに来るに値するだけのモノはあるんだね」
「なんだって?」
「最初、あたしはすぐ音を上げて逃げ出すかと思ってけど、あんたも六課に居られる条件が揃っていたとはね。あ、検査は問題ないよ。警部に挨拶して帰んな」
仮眠室の時計は十時を指していた。
鴉女医から励ましなのかよくわからない言葉に取り敢えずの礼を言い、部屋を出ようとした時。
「ぁ…」
柳の背後から男性の声が聞こえた気がした。急いで振り返ったがそこには鴉女医が荷物をまとめて居るだけで他の人間は居なかった。
「どうかした?」
鴉のようなマスクの女医からは表情は読み取れない。
柳は帰路につく。
警察署を出る際、伏警部はデスクの上で目の下に隈を作りながら書類を纏めていた。稲永は既に帰ったとのことだった。案の定のクソ爺っぷりだが伏警部は気にする事無く書類をを書いてはデスクに積み上げていく。警部曰く、あんなのに大事な書類は任せられないそうだ。
暗い帰り道、この街は柳が思っていたよりもおかしなことが多い。日常のそばの怪異、産まれたばかりの新しい神、余所から来た神の使い。
今も電柱や路地裏から何かが表れてもおかしくない。だが初めて怪異と出くわした時の程恐怖心は無い。柳は帰る前に伏警部に聞いた六課に居る条件が頭から離れなかった。
「そうだね、まずは裏を知っていること。次は……」
その次の言葉が柳の耳から離れない。
「……どうしようもない位、狂ってることだね」
柳は自分がまともだと思いたかった。
だが彼は気が付かないだろう。
昔から怒りに身を任せてきたが故の、自分と世のズレに。
その手は既に血に濡れている。昔からずっと。
肉を潰し、骨を砕き、悪を憎んで来た故に。
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