第一章 地獄の門番の仕事

第6話 地獄の新人研修


 柳風斗は昔、正義の味方に憧れていた。

 テレビに出て来るヒーローのように戦い、勝ち、人々を守る。


 単調ながら英雄のように称えられる彼らは柳の童心を刺激した。


 彼はそんな姿に憧れて地元を縄張りに不良グループを築き、街にやって来る人間の悪意たちに目を光らしていた。

 近所の噂から不審者についての情報を集めた。

 暴れた不審者を取り押さえもした。

 詐欺グループの位置を特定する為、地域一丸となった事もあった。

 そして警察に怒られた。


 皆にバレないように法に触れるような事をした。


 だが今や首輪を繋がれた犬。



「ダーハッハッハッハ!おめぇもスーツ着させられりゃ!借りてきた猫だな!

 アーッハッハッハ!」


 稲永は何が面白いのか柳を見て笑っている。




 あの後柳は三日程で問題無く右腕を動かせる程になった。

 鴉女医が自分に何をしたかは麻酔でずっと眠らされわからなかった。というより鴉女医は葬儀屋と副業で医者をしてることしか教えてくれなかった。

 女医自身も「名前?好きに呼びなよ」と言って頑なに何も教えてくれなかった。


 そして今。

 柳はスーツを着てアクセサリーを外されオールバックは見栄えのいいよう適度に切られ、伊達眼鏡を付けさせられていた。

 その見た目は完全にヤクザ。柳の若い悪人面がそれを引き立たせる。印象をよくするためのスーツのはずだが、まあチンピラよりはマシだろう。

 顔を怒りと恥辱で赤く染めた柳の目は稲永を睨み付けていた。


「ふむ。中々様になってるじゃないか柳君」


 本心の分からない胡散臭いちょび髭親父に言われても喜べない。

 二十歳の柳はこの五十六の胡散臭いハゲ親父と、六十二の白いクソ爺の、平均年齢四十九の集まりから逃げたかった。

 平日の午後、警察署の地下の狭いオフィスでその地獄の歓迎会は行われている。


「さて、みんな準備が良さそうだしそろそろ始めようか」


 警部はホワイトボードの前に立ちデスクに座る二人に話しかける。


「改めて自己紹介しよう。私はこの六課を指揮する警部、伏泰平だ。そこに座るクソ爺が稲永頼三らいぞう、警部補だ」


 喋り方は最初に会った時の胡散臭さは一切変わってないが口は悪い。


「はい質問です」


「何かね?柳?」


「なんで二人は警部と警部補なんですか?」


 そう聞いた瞬間、伏警部の顔が曇る。一瞬にして表情を無くし、全身から真っ白に燃え尽きた様な哀愁が漂う。


「それはどういう意図の質問かね……」



「いや病院にいる時、暇で調べてたんですけど伏警部の年齢ならもっと上の階級でもおかしくはないと思って……というか稲永のクソ爺は流石に退職してるはずなんですが……」


「ハッハッハ、そりゃあ国家試験をクリアしたキャリア組の話さ。ワシはよく問題を起こしてるノンキャリアだからな。というかここ六課じゃ動けなくならん限りそう易々と切れんのよ」


 どういう理由かは分からないが、つまりこいつはそれに胡坐を掻いて座っているのだ。それも活きのいいクソ爺が。


「そうさそこのクソ爺はともかく私はキャリアだったはずなんだ若い頃あんな事件関わらなかったら今頃書類仕事を楽しくやってさなのに今じゃ同僚にはめられ厄介な六課に入れられクソ爺の後始末をして人手不足のせいで未だに警部だ、警視監になっても全然おかしくないのにカモフラージュの為の警部、六課とその他課の同時統括は危険だからと警部、そのせいで署のみんなから落ちこぼれとみられブツブツブツ……」


 今までの恨みをひねり出すかのような早口で蚊のように小さな声で呟きだした。

 見るに堪えない。


「よく言うぜ。給与だけは警視長と同じだけ貰ってるくせに」

「警視長だぞ!私の年齢なら警視監でもおかしく無いのに!」

「それこそよく言うぜ。へつらうのと保身が得意なあんたがそこまで行けるかどうか怪しい。行けるだけ行ったら能力の無さに気付かれその地位で飼い殺される。」


「待って待って!どういうことなんです!?ちゃんと説明してください!」


「あ?わかんだろ。ワシは言った通りじゃがこのキャリアは下手打ったせいでこの六課に飼い殺されとる。万年人手不足のせいで警部という地位でな」

「なんで人手不足な「誰が行きたがる。こんな給料が高いだけの死亡率が高い課に。そもそも配属されるのはお前が見たようなバケモン達と遭遇した奴だけだ。それも強制でな。この守秘義務のせいで六科に入れる人間自体少ない」


 足を組み、頭の後ろに手を組み退屈そうに吐き捨てる稲永。


「そう!そうなんだ柳君!」


「おわっ!」

 いつの間にか調子を取り戻した警部に肩を掴まれ驚く柳。


「君のようなある程度戦える貴重な民間人を協力者として雇用出来る制度が出来てね!君は希望の星なんだ!」


 鼻息を荒げ柳の肩を揺すり熱弁する伏警部。


 柳は深い後悔と共に凄い嫌な顔をしている。


 柳は死亡率だの守秘義務だの人手不足だの冗談じゃないと言いたかった。だが書類に書いたサインと、初めて出くわした怪異の時の恩と、目の前の必死なオッサンを見ると何も言葉が出ない。


「とりあえず。坊主の立ち位置と仕事内容の話をした方がいいじゃないか?」


「は!?、すまないね。取り乱してしまって。研修に戻ろうか」


 この上司と部下の上下関係がもはや逆転している。


「えっと、何処まで話したかな?」


「ここが危険ですごい人がいない部署ってとこまでです」


「そうか、じゃあ今から君の六科での立ち位置と仕事の話をしよう。」


 そう言って伏はホワイトボードに三角形を書きそこに、警察の階級を書いていく。

 そこの上から六番の階級の警部と、その下の警部補をペンで刺す。


「本来、私たち警部、警部補というのは余り現場にで出ないんだ。人手不足のせいでいつもは稲永君が現場に出て、その現場周辺の始末を私と私の持つコネでするのが専らなんだけどね。もっと人数が居れば私直々に現場に出張る必要は無かったんだけどね……」


 まだ引きずっている。


 今度はその下の下から三番目の階級、巡査部長を指す。


「ここから下が現場に出て働く人間だ。本来は六課にもここの階級の人間が欲しかった。つまり君は今日から臨時職員として、最高で巡査部長までの権限を与え雇うことが出来るようになったんだ!まあ、実際は六課の雑用係みたいなものだがね。」

「公務員になるってことですか?」

「いや、実態はただの下請けだ。でも金は弾むぞ」


「さて、じゃあ六課が何をしてるかの話をしよう。実は六科の人間ってだけでまあまあの権力はあるんだ。怪事件の捜査を打ち切れるくらいにはね。六課警部の名前を出せば後は向こうが察してくれる。本庁からはお払い箱みたいな扱いだがね。その後に私たちが事件を捜査する。相手が相手だけに危険だからその手の厄介者に任せると言った具合だ」


「君にはその事件の捜査に協力してほしい。具体的には稲永君のサポートをして欲しい」


 柳は川でけたたましく狂う稲永の姿が脳裏をぎり不安になる。


「というわけだ。明日から調査とワシらがどういう事件を扱うかの説明をする」

「というわけだ柳君、今日は終わりにしよう。明日からは頼むよ?」

「待ってください」


 終わる前に柳は一つ大事な聞きたかった。


「どうして貴方達はそんなに平然と仕事が出来るんですか?怖くは…無いんですか?」


 この二人から怪物と向き合う恐怖を乗り越える方法が知りたかった。

 だがその答えはそんなのどうでもいいと言わんばかりに無情だった。


「そんなの気にしてどうする?」

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