08_炎と再会

「う、うぐぐぐぐぐぐぐ」


 半獣の力を抑えきれずに、奇声を発していた。次第に意識が薄れ、気を抜けば、理性が吹き飛んでしまう。


「大変、あの子を止めないと!」


 横から見ていた蛇女ムグリが心配して言った。すると、となりで壁にもたれていた狼男アウルフの声がした。


「まて、もう少し様子を見よう。あいつなら、できるはずだ。もしもの時は......俺があいつを止めてやる」


 止めに入ろうとしたムグリをアウルフは、制止した。アウルフは、半獣化していく僕から視線をはずすことなく、見守っている。


「小僧、私の声が聞こえるか?半獣の力を抑えるには、憎悪の気持ちを抑えなければならない。心を落ち着かせるんだ」


 象男ファントムは、僕に近づき、話しかける。


 憎悪の炎に包まれて、苦しい。自分が自分でなくなっていく感覚が襲う。体が、自分のものではないみたいに、思い通りに動かない。


 半獣化するごとに、周りの人に傷つけてきた。このまま、半獣になってしまえば、半獣の彼らも傷つけてしまうかもしれない。


 そんなの嫌だ。


 僕は、この半獣の力を克服する。

 

 心を落ち着かせろ、大丈夫、大丈夫だ。


 僕なら、きっと、制御できるはずだ。


 僕は、心を落ち着かせ、膨れ上がっていた憎悪を抑える。もはや、理屈ではない。気持ちの勝負だ。ファントムの言う通り、深呼吸をして、落ち着かせる。すると、次第に、元の人間の姿に変わっていく。


「いいことを教えてあげる」


 また、バエナの声だ。いつも、唐突に話しかけてくる。姿は見えない。声だけが頭に響く。周りの半獣たちには、バエナの声は聞こえていないようだ。


 彼女は、人間に戻るのを止めようとしているのか。


「あなたの友達が、大変なことになってるわよ」


 嬉しそうにそう言い残すと、バエナの声は聞こえなくなった。いつもなら、色々な言葉を投げ掛けてくるが、今回は、一言言っただけだ。たった一言ではあったけれど、僕を動揺させるのには、十分な言葉だった。


「えっ......」


 思わず、声が出る。


 僕の友達。おそらく、アルバートのことだ。彼とは、河川敷の出来事があってから、全く会っていない。


 駄目だ。今は考えるな。


 気持ちを落ち着かせて、人間の姿に戻らなければ。


 動揺した気持ちを鎮め、なんとか、半獣の力を抑え込むことができた。心臓が、人間の姿に戻った後も、激しく鼓動している。息は乱れ、床に両手をついた。立っていられなくなるくらい、体力を消耗していた。


 顔から出た汗が、床に零れ落ちる。


「小僧、大丈夫か?」


 象男ファントムが、僕の背中に手をやり声をかけてくれた。


「大丈夫です」


「すまなかった。まさか、ここまで、半獣の力が強いとは思わなかった」


 ファントムは申し訳なさそうに言った。


「いえ、気にはしていません。さっきの出来事で、だいぶ、半獣の力の扱い方が分かりました。それよりも、気になることがあります」


「気になることとは、なんだ?」


「バエナの声を聞きました。僕の友達が大変なことになっているって」


「友達。以前、お前と一緒に来ていた、いけすかないガキのことか」


 象男ファントムと話をしていると、狼男アウルフが、反応した。


「バエナの言うことは、本当かどうか分かりません。だけど、嫌な予感がするんです。僕の友達、アルバートに、会いに行ってもいいですか?」


 僕の問いかけに周囲は、沈黙する。ほんの少しの沈黙が長く感じられる。


「いいだろう。友達の元に行ってあげなさい」


 少し考えた後、ライオン男ライアンは、そう言って、アルバートに会いに行くことを許可してくれた。


「ありがとうございます」


 さっそく、タイムベルを出て、アルバートの家に駆け出した。彼の家に向かう途中、奥の方で、ものすごい量の黒い煙が青空に向かって伸びているのが見えた。


(僕は、煙が伸びている、その場所を知っている。まさか、そんな......)


 嫌な予感が胸に刺さる。今までの経験上、嫌な予感は、大抵、当たってしまう。


 急いで、煙が出る場所まで行くと、一件の家が、勢いよく音を立てながら燃え上がり、どす黒い煙に包まれていた。


 この家は、アルバートの家だ。


 彼とは、軋轢あつれきが生じていた。橋で、半獣に襲われたところを助けたところ、傷を負わせてしまった。僕が半獣になっていることを知られて以降、彼との友情にひびが入ってしまった。


 だけど、今もアルバートは僕の親友だ。


 燃え上がる家の中に、彼は、いるのだろうか。注意深く音を聞きとって、彼の所在を確認しようとしたが、燃え盛る炎の音が邪魔して、うまく確認することができない。


 まだ黒煙こくえんの中、助けを求めているかもしれない。僕は、居ても立ってもいられなくなり、一か八か、燃え上がる家に飛び込んで確認しようとした。


「やめておけ。例え、ぼうやが半獣であろうと、燃えている家に飛び込めば、ただでは済まない」


 ライオン男ライアンの声がした。いつの間にか、僕のあとをついてきていたらしい。いつもの、ライオンの姿ではなく、人間の姿をしていた。ライアンの腕は、僕の腕をしっかりと掴んでいるため、動くに動けなかった。


「でも、もしかしたら、僕の友達がいるかもしれない。今もまだ、助けを求めているかもしれないんです」


「気持ちは分からなくはないが、家に飛び込むのは、自殺行為だ。それに、今、消防車がきた。彼らに任せよう」


 赤い光をくるくる回しながら、消防車が到着した。車から、防火服を着た人たちが、急いでポンプの水を使い、燃え盛る炎を消化していく。炎の燃え盛る音、人々の叫び声を聞きながら、親友の家が、燃え行く様子を眺めることしかできなかった。


 どうか、アルバート、生きていてくれ。君は、こんなことで終わる奴なんかじゃないはずだ。何事にも、勇敢に立ち向かい、乗り切ってきた彼なら、生きていてくれる。きっと。


 周りに多くの人が、集まってきた。黒い煙が、空に伸びており、木材が焼き焦げた異臭が周辺に漂っている。何事かと様子を見に来た人たちが、集まってきていた。アルバートのことが気になって仕方がなかったが、人も多くなって来たので、この場を立ち去ろうとした。


 その時だった。僕の耳に、聞き覚えのある優しい声が後ろから聞こえた。


「さとる......さとるなの。まさか、そんな......」


 あまりに懐かしい声に、思わず、涙が零れそうになった。


 僕に話しかけてきたのは、母親だった。驚きの表情を浮かべ、こちらを見つめていた。それもそのはずだ。鬼山聖は、母親にとってすでに死んで、この世にいない存在なのだから。わざわざ、偽物の死体まで用意して、僕が死んだように見せかけていた。


「おかあ......」


 僕は、すべてを言い終わる前に、慌てて口を閉じて、感情を押し殺して母親に言った。


「僕は、さとるではありません。人違いだと思います」


 そう言うと、母親に背を向けて、フードを被ると、ゆっくりとその場を離れた。もう一度、家族の優しさに触れれば、僕はまた、迷ってしまう。半獣として生きると決めたからには、それを貫いていきたい。ほんとは、親の元に帰りたくて仕様がないけれど。


 家族を傷つけた奴もよく分かっていない。必ず、そいつの正体をあばいてやる。このまま、のうのうと生かしてなるものか。


(罪をつぐなわせてやる。絶対にだ)

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