02_覚悟

 ピアノの旋律せんりつに包まれた地下室。


 獰猛どうもうな顔つきの獣姿をした人たち。


 初めて、ここに来た時の衝撃と恐怖の感情がよみがえってくる。  


 恐怖のあまり、身体の震えが止まらなかったし、心臓を強く握りしめられるような威圧感いあつかんがあった。


 半獣たちを血にえた化け物。 


 人の血肉をむさぼり生きる、人間とは対極たいきょくにいる存在。


 当初の僕は正直、彼らに対してそのような印象を抱いていた。 


 しかし、それは間違いだったのだと今なら分かる。


 自ら半獣と呼ばれる存在になり、彼らと言葉をかわした今ならば。


 彼らも、身体や見た目は違えど、人の心を持っている。


 人と対極の存在などではない。人と同じように、誰かを思いやることもできるし、何かしらの悲しみを持ちながらも前を向いて生きている。


 まさか、こうやって今、彼らに仲間にしてほしいと懇願こんがんする時が来るなんて、最初は思いもしなかった。


「前に、小僧が来たときから、また、この場所に来るだろうと思っていた。半獣になったものは、大概、人間との生活に耐えることができず、半獣と共に生きることを選択する。小僧が、私たちの仲間になると言うなら、その時は受け入れようと決めていた」


 象男ファントムは、壁にもたれ、腕を組ながら言った。

 

 僕以外にも、思いもよらず半獣になり人生を狂ってしまった人たちが何人かいたのか。


 もしかしたら、彼らの中にも、僕と同じように半獣にさせられた者もいるかもしれない。


 一人じゃないんだ。苦しい思いをしているのは……。


 なんで自分だけ。


 そんな風に嘆いていたけれど、同じような境遇の人たちが何人もいると知って、少し安心するとともに、歎いていた自分が恥ずかしく感じた。


「あの……それでは、僕を仲間に入れてもらえるということですか」


 僕は、期待を胸に恐る恐る彼らに問いかける。


「ええ、私たちの仲間としてあなたを迎えるわ」


 蛇女ムグリが、そう言い、すんなりと話が進むと思われた時だった。耳をつんざくような狼男アウルフの声が横から響き渡った。


「おい、待て待て!このガキと一緒なんて嫌だぜ!」


 単純だけど、割と心にぐさっと突き刺さる言葉だ。狼男アウルフは、前々から、僕のことを快く思っていない節があった。仲間入りを拒絶するのは、当然の反応だった。


「この子の何がそんなに気にくわないの?」

 

 蛇女ムグリは、狼男アウルフの頑なに拒む態度に疑問を抱いているようだった。


 狼男アウルフは、鋭い目つきで、僕のことを指差すと叫んだ。


「覚悟がたりねー!こいつには。本当に、半獣として生きていく覚悟があるのか?半獣として、生きると言うことは、今までの人間との関わりを断って生きるということだ。このガキに、人間との関わりを断ち、俺たちと生きる覚悟があるようには見えねーんだよ!」


 狼男アウルフの言葉は、辛辣ながらも、向き合わないといけない現実に気づかせてくれているように思えた。半獣として生きることは、人間として生きていくこととは違う。


 やはり、なにもかも今まで通りなんてことにはならない。

 

 半獣となった僕は、簡単に人を傷つけられるし、それに何より人の血肉を貪り生きていくことになるのだから。 


 僕は臆病ものだ。


 新しい人生を生きる時には、今までの生き方は通用しない。僕は、内心、そうは感じていても、覆い隠して見ないようにしていたことは確かだった。


 アウルフが言うように、僕には、半獣として生きていく覚悟が欠けていると言われても無理はなかった。


「まだ、この子は子供なのよ。そこまで要求しなくてもいいんじゃないかしら」


 蛇女ムグリは、助言をしてくれたが、狼男アウルフは、態度を変えることはしなかった。


「子供や大人も、関係ねーよ!何かを背負って生きなければならないことに、年齢は関係ねー。世の中の理不尽は、年齢なんて関係なく突然、訪れるだろ。大人に限らず、子供も不運な事故に巻き込まれて死ぬことだってある。年齢で物事を判断するのは、人間社会だけの話だ」


 現実を突きつけられた気がした。


 両親、親友との思い出が頭に浮かんでいた。


 温かく、幸せだった日々。


 いつか、あの日々に帰りたいと手を伸ばしても、もう取り戻すことはできない。


 その現状を受け入れて、前に進まないといけないのだ。


 前に進むために、彼らに覚悟を示す必要があるのならば。

 

「……分かりました。覚悟を見せます。人間としてではなく半獣として生きていく覚悟を。僕も僕なりにケジメをつけたいと思っています。ただし、一つだけお願いがあります。聞いてもらえませんか」


 僕は、拳を握りしめ、狼男アウルフに向かって まっすぐ目を見て言った。


 威圧的で、攻撃的な性格のアウルフに、自分の考えを述べるのは、とても勇気がいることだった。


 狼男アウルフは、相変わらず鋭い目つきで、苛立ちをあらわにしている。


 あまりに緊張感に、息が詰まりそうだ。生きた心地がしない。


 ほんとは逃げ出してしまいたいけれど、ここで逃げ出せば仲間になるチャンスは二度と来ない。

  

 仲間になってやる。絶対に。

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