24話 守る者
ヒュドラに会いに行く時だったか。そういえばあいつは言っていた。
『その件についてはすみません。ですが……耳に入れておいてほしいことが』
(なるほど……これか)
仮眠を済ませ水浴びにでも行こうと玄関扉を開けた俺はようやくその意味を理解したのだ。
一瞥した瞬間に眠気が吹き飛ぶくらいゴテゴテに装飾された金の馬車数台。そこに数十人の修道騎士が姫滞在の荷を仕舞い込む。
「急ぎ帰路の確認をするのだ!ここからは一時の無駄も許されぬぞ!」
朝っぱらからでかい声で働き者たちを統率している石頭コリンは、俺の姿を見とめるとまた眉を吊り上げて怒鳴る。
「エスティーーーー!!!貴様、今まで何処に隠れていた!?夜も居なかったな!?」
「……あー」
ヒュドラとゼノとの出会いの後、身体の回復を急いだ俺は昨晩ビアンカの隠し部屋で横になっていた。
……ビアンカのために疲弊したこの体を治してほしいと言ったら、妖精たちは要求以上の働きをしてくれ、お陰で激闘から一夜明けた今、体は羽のように軽く頭も冴えわたっている状態だ。
……さて、コリンに言える情報は一つも持ち合わせていない。やはり今日も軽くあしらっておく。
「上官の目が節穴なだけじゃないですか?俺は昨日の夜も普通にシルヴェスタ様の家に居ましたが?」
「!???貴様〜……っ!また私に向かって無礼なことを!……って、指導している場合ではないのだ!無礼なエスティー、これからの動きは把握しているな?」
「知るわけねぇんですが。なんで帰り支度してる」
「姫はこれより王都に戻り式典の準備をせねばならんからな」
「式典?」
「忘れたのか不届き者!今年は
「はぁ……そーですか」
恐らくラピスの宗教行事であろう太聖会の詳細など知らないが……だいたい何が起こってこうなっているのかは把握した。
それにしても……それにしてもだ……
(相変わらずというかなんというか、なんて間が悪りぃんだ。このポンコツ白騎士……)
俺がここに来た目的。それを果たさずにおとなしくのこのこ帰るわけにはいかない。
……全体の流れを止める必要は無いが、一応正攻法も試しておこうと俺はコリンに質問を投げかけた。
「その会はいつ開かれるんでしたっけ」
「三週間後だ」
「…………………そうなんですか。それだったらまだ急いで帰る必要は無いのでは?準備は一週間後から始めても十ぶn」
「何を言う!念入りな確認と準備が必要だ!隣国の訪問者も大勢いるのだから、ラピス国のためにも失敗は許されない!より早くから取り組まねば!」
俺の言葉を強引に遮り出てきた返事は全否定。
交渉の余地などない。決まりを順守するその姿勢はさすが石頭優等生と言ったところか……
「……だめだぁこいつ(小声)」
「ん?まだ何か質問があるのか?」
「……式典準備なんて3日で終わるだろうが普通」
さっきっから喉元に引っかかっていた台詞をとうとう吐きだし扉を手早く閉めた。
少し間を置いてから聴こえたコリンの怒号は気にせず、後ろでひっそり様子を伺っていたその人に向き直る。
「わりーなじいさん。上は頭が固くてよ」
曖昧な笑みを浮かべるその顔があの日あの時の、『死なせてくれ』と言った時と重なる。
言わずもがな俺はそんなつもりじゃない。
そんなことは絶対にさせない。
それをなんとか欠片だけでも汲み取ってもらえるように、骨ばった両肩を掴んだ。
下の方を彷徨っていた不安げな瞳が俺の顔を捉える。
「……今夜だ。必ず取り返す。どうか、俺を信じろ」
去り際に軽く肩を叩いて、俺はひとまず帰途の準備を急ぐ修道騎士たちに従った。
地方巡業であるお祈りの
「本日もお疲れ様でした姫様。これからの時間はゆったりと疲れを癒してくださいませ」
常に傍に侍り、黒いベールを持つコリンは俺に馬車の戸を開けるように顎で示す。
指示に従い扉を開け、階段を下すと黒いベールが扉にぴたりとくっつけられた。
ベールの中、キャンディッドのヒールが一定のリズムでコツコツと音を立てて行く。
こいつが馬車に乗ったら、俺たち傍付きの騎士も各々馬車に乗り込みウェルナリスを後にする。
離脱するならここだ。
「後は任せる」
すれ違いざまにそうつぶやいた刹那、リズムが乱れた。
突然俺の腕を捕える華奢な女の手。
「は?」
「姫様?」
「……受け入れられるのですか」
腰まで覆う黒いベールの向こう側はわからない。けれど、これは俺に言っていると即座に分かった。
コリンがいるのに何をしている。
焦る俺の心の内などわかっているはずなのに、あいつは止まらない。
「言いましたね。どんな姿でも良いと」
それはウェルナリスへ行くことを決めたあの夜の問。
何故もう一度繰り返すのか。
答えはただ一つ。
やはりこいつも人攫いの真相であるあのことがわかっているからだ。
あぁ……無性に腹が立つ。
一度嘘を吐いたのだってそうだ。
それこそあの夜、俺に守られるという契約を交わしたのはお前なのに、なんでお前が俺を庇うような真似をする。
「俺の言葉が……信じられないとでも言いたいのか」
「本当にどんな姿でも会いたいと言えますか。骨よりも恐ろしい者になっていても……本当に言えますか。それならいっそ……会えないまま消えた方が、美しい思い出を抱えたまま去った方が」
「うるさい……っ」
それ以上聞いていたく無くて固く掴んでいた腕を撥ね除けると、間髪入れずにコリンに両手を押さえられ遠ざけられる。
「エスティーやめろ!」
鈍感なコリンでも察して慌てるくらいに、俺は露骨に怒りをむき出しにしていた。
けれど体は熱いのに頭の中は冷静で……ベールの向こう側、俺を見ているはずのキャンディッドを睨む。
「お前、前も言ってたな。それ………口癖か」
「エスティー……姫様はあの日からずっと傷ついておられるのだ……!発言は」
「どんな姿でも会いたいに決まってる。何度言えばわかる。なんでわからない」
キャンディッドが何か言うことは無かった。長く思えた沈黙の後、またヒールの音を響かせて馬車の中に消える。
姫の無事を見届けたからかコリンの拘束が解け、俺は予定通りに動くため森の方角へ歩き出した。
だが、突然心臓が音を立てて鳴る。
全身を駆け抜ける予感に足を止める。
己の心に従った結果、あるものに視線を向けた。
キャンディッドの乗る馬車の馬だ。
(……この馬さっき見たのと違う)
大きな大きな黒い体。
手綱を繋ぐ金具は全て藁に変えられている……
恐らく金属を嫌がる馬……そこまで考えてようやく俺はこの馬の正体に気がついた。
視線を落とすとやはり、
「
そう言ったのとほぼ同時にケルピーは獅子のような野太い声でいなないた。
ぎらついた目はそのまま俺の方を向いて、筋骨隆々の巨体が音もなく間近に迫る。
「やばいっ……!」
ぶつかる。そう思った瞬間に俺の体は宙に浮いた。しかし、地面に叩き落とされるはずの体はうまい具合に
「まさかこれ……迎えのつもりじゃねぇよな!?」
衝撃で未だグラグラ揺れる視界の端にコリンや修道騎士たちが映る。
その手が馬車に触れるすんでのところで
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