【BL】勇者も使わない湯沸かしポットのやけどにご用心
Shino★eno
第1話【H&K】〈可愛い〉は愛だ!
「モチダせんせー、まだ読んでるの?」
九月のとある日曜日の午後。残暑厳しい生温さの合間にヒヤッとする涼しい風がカーテンを揺らす。
昼食後からずっとタブレットを凝視するあなたの邪魔をしたい甘えたがりな俺は、淹れた紅茶を理由に気を引くことに躍起になるが。
「間もなく終わるからお待ちなさい、ツヅキくん」
あえなく撃沈。
折角休みが合ったから出掛けようと昨晩話し合えば生憎のしとしと雨。ならばせめてイチャつきたいのに、最近出た論文を読むからとお預け状態。
うー、暇!
ゲームしようよ、映画観ようよ、チューしようよ!
おっと、欲が出た、失礼いたしました。
ソファに長い脚を組んで座り、口元に指を添えながら肘置きに頬杖をつき、眼鏡をかけて瞬きの度に長い睫毛を小さく揺らす。普段はコンタクトを装着してるから、この姿を見れるのは俺だけの特権。
うっしっし。
カップに手を伸ばした弾みではらりと落ちる髪が真剣な眼差しを遮ると、ひとつ大きなため息をついて目を伏せる。
「きみの熱い視線が気になってひとつも進まないのだけれど、どうしたものかな?」
隣りでガン見し過ぎたか、でへ。
「どうぞ続けてよ、俺の相方はイケメンだなと見惚れてるから」
「参考までに、今なにをして欲しいのかだけでも聞いておこうかな」
おぉ、さすが、良く判ってらっしゃる!
「ほったらかしは寂しいから、うーん、膝枕して」
それで満足ならお安い御用、とタブレットを持ち上げてクッションを膝の上に置く。
「えー、直に体温を感じたい」
「肉付き悪いから居心地良くないし、思わぬ事態が丸見えになるのは恥ずかしいから駄目」
うわぁ、何言ってんの、せんせー!
「その時はお手伝いするので心配ご無用…いてっ!デコピンすんなよ!言い出しっぺはそっちだろ!」
「軽い冗談だから真に受けないの。ほら、どうするの?」
思いの外強くヒットしたでこを擦りながら、それはそれは遠慮なく寝転ぶ。
下から見上げるシャープな顎のラインも、年齢の割には結構綺麗なんだよなって、んん?
「……せんせー、余りの至近距離に俺の視界は濃色タブレットで埋め尽くされてるから、せめて顔が見えるよう透明化魔法でもかけてください」
「一介の塾講師に過ぎないから無理だよ。それにしても、今日は甘えが増幅してるね」
「こういう俺って嫌い?」
眉尻を下げて、くすりと笑みをこぼしながらあなたは答える。
「当然ながら……愛しいよ」
あー、嬉しいけど。
うーん、違うんだよ、それじゃないんだな。
実は、俺はある言葉を待っている。
それを言って欲しくて甘えている。
今度は、ふふんと目を細めて笑って待っているから、もしかしなくても覚られてるな、これ。
「もう判ってんだろ、自分からは恥ずいから勘弁してくれよ!」
「ふふふ、相変わらずきみは可愛いね。それにしても、ここに来て全否定からの全肯定とは、流行りだからかな?」
「最近知ったんだよ、〈可愛い〉っていうのは愛しむべき存在に対する言葉だって。それは拒否る訳にはいかないって話だろ」
「漸く僕の想いが通じた。講義で話して以来だから随分な時間を費やしたよ」
「はいはい、すみません。あの頃はやさぐれてて。その可愛いツヅキくんからの質問、いつ終わる?」
「あと2ページ読んだらキスしてあげるから寝て待っていなさい」
うはっ、やった、御褒美付きだ!
あなたのほの温い手がデコピン痕や寝ぐせが治らない髪をそっと撫でる。
あぁ、こういうまったりとした休みもいいもんだな。
◆ ◆ ◆
―――これは一週間前の話。
「うーん、うーん……」
タブレット端末を睨みお気に入り登録をし忘れたサイトの記憶を必死に辿る。
が、全く思いだせない。
ので、検索履歴を広げるしかなく。
「はぁ、余りやりたくないんだよねぇ」
見たくないものを見てしまったら嫌だから。
共有タブレットでそれはないとは思うが、万が一ということもある。
いや、例え有ったとしても気にしてはいけない。それが健全な青年のあり方だから。
まぁ、きみと僕との仲だから気にする資格は有るには有るのだが。
やはり、気にしないでおこう。
そして、心を無にして履歴をタップする。
スクロール、スクロール、スクロール、我知らずチェックを始める。
「少なくとも最近はニュースとゲーム配信と囀りしか見てない」
ほっと胸をなで下ろし、改めて探していたサイトを検索しようと上へ上へと戻したところで、とあるニュース記事の見出しに目が留まる。
前後から察するにうっかり押してしまったであろうその見出しを参考までに開いてみると、それは女性向けのコラムだった。
「ふむふむ?そうそう、それね。ふふふ」
きみはこの記事を読んだのだろうか。
だとしたら、何かしらの行動があるかも知れない。
手始めに、最近の口癖である〈せんせー〉を使って甘えてくるかな?
ちょっと……いや、相当楽しみだな。
◆ ◆ ◆
「読み終わったよ……って、本当に寝ちゃったの?」
僅かに開かれた口元からはゆったりとした呼吸。
腰から下をこちら向きに横たえながら片腕を自身の腰に回し、膝もといクッションの上で目を閉じるきみに顔を近付ける。
いつもならば五秒もすればニヤニヤし始めてププッと吹き出すので真面目に眠っているのかも知れない。
「それは残念」
だが。
これ幸いと更に近付ける。膝の上に直接寝転ぶのでは体勢的に無理が有るので、この為にわざわざ大型クッションを使ったのだから。
急に起き上がらぬようにそっと手を添えて形の良いぽってり気味の唇をなぞり、ゆっくりと重ねていく。
「……ん…んふ……、んっ、んんーーっ!ぷはっ!
鼻をつまむな、昇天しちゃうだろ!」
「やっぱり起きてた。ねぇ、不測の事態に陥ったからお手伝いしてくれない?」
「えー、真昼間から大丈夫、せんせー?」
困った表情を見せつつもニヤニヤした口元に何某かの意図を暴露しているあたりが、小学生のいたずらっ子のようでまた可愛い。
「狸寝入りで
「でへへ、バレましたか。では、精一杯尽くさせていただきますのでお手柔らかに、よろ」
「ガチで昇天しない程度にしておくよ」
「いや~ん、せんせーのえちぃ!」
「はいはい、それ以上焦らすと逆に組み敷くよ、ツヅキくん」
「それでは、いただきます♪」
むちゅ、ちゅー。
結局こうなる休日の午後。
◇ ◇ ◇
(これはこのまま集約版の最新話にしよう)
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