異世界へようこそ


「一一一きこ一一ら返一一一」


「一一えはかんぜ一一一ういされているー」


断片的な音の情報が耳に伝わってくる。しかしまだ意識がハッキリしておらず、完全に戻っていない感覚がある。


「ーおーーーきこえ一一なら返事しろーい」


時間の経過と共に、徐々に内容が聴き取れるようになってきていた。

呼びかけの内容から察するに、どうやら誰かが自分に対して呼びかけているようだ。


それから暫くした後、ようやくと意識が覚醒したことを実感したことで、その声かけに応えようと声を出そうと試みる。

だが同時に、完全な暗闇の中にあった瞳に、光が差し込んだような感覚があった。


視覚的にもたらす情報は多い。

いち早く自分の状態を把握したい気持ちで一杯だったことで、声かけに返答するのを後回しにし、先に目を開くことにした。


そうして瞳を徐々に開いていく過程で、まず視界に飛び込んできたのは、雲一つない晴れ渡る青空と、拳をぐっと握り、天高く突き出した自分の右腕…。


ん?これはあれだ。きっとあれだ。

永き戦いの果てに、満足のいく結果を受け入れながら逝った、伝説の男の伝説のポーズ。

ある意味生まれた瞬間の自分にとって、我が生涯に悔いしかなかった。


おまけに服も上下何も着てないらしい。

神さんが言っていた裸一貫というのは、どうやら文字通りの意味だったようだ。

…えっ?ばかなの?


神さんめ。ちょっと会話のマウントをかましたからって、これはあんまりにもあんまりじゃないか。

この原因があの神さんにあるのかもサッパリだが、次にもし会えた時には、彼女に3倍返しにしてやると心に決める。

さて、そんなことは置いておいて、一度冷静になって今の状況を整理しなくてはならない。


まず、俺は何故か裸体だ。そりゃもう気持ちいいくらいスッポンポンだ。

…これに関しては、今現在何か考えた所で変えられる気もしない。それはこの際一度置いておくことにする。

本当にそれでいいのか?と俺の理性が問いかけて来るが、とりあえず無視だ無視。


気を取り直して、場所の把握に努めることにする。

さっそくと自分の足場を確認すると、足元に噴水のような建造物があることが分かる。

その噴水の中央には、人の型を模した彫像が建っており、その彫像が空高く掲げている右掌の上には、人一人分程なら立ち尽くすことが可能なスペースが存在していた。

要するに、そこにはもはや変態と化した自分が、堂々と居座っているわけだ。


さらに不運なことに、噴水の仕組みといえば、彫像の掲げている掌目掛けて、四方八方からアーチのように水が放出されている。その構図は図らずしも、頂上で不埒を働く不届き者に対する、無用の演出装置と成り果てていた。

その事実は、俺を絶望という名の昇天に誘いそうになったが、必死に堪えることにした。


落ち着いたところで、改めて足元を見下ろしてみると、周りの状況がよく見渡すことが出来た。

そこで、噴水から少し離れた位置に、男女二人組がこちらに視線を向けていることに気づく。


おそらく片方は、先程からこちらに声をかけ続けている男性だろう。

その男性は、パッと見たところ青年と呼ばれる年齢であり、スラッとした細見の長身に、両の腰には剣を携えている。


およそ現代ではコスプレと言われてしまうだろう身なりをしており、中世ファンタジーに登場しても違和感がないような出で立ちだ。


しかし見るからに気怠そうな声色や表情がみてとれる。

この手のタイプは、やるときはやるやつだったりするので大体モテる。

当然、モテなどに無縁の俺には、腹が立つ存在というほかない。


一方、その横の女性は、紺碧の長い髪をたなびかせ、キリッとした顔つきでこちらを睨みつけていた。

こちらも整った顔つきをしており、



おまけに眼鏡属性まであるときた。

これは属性付与という観点において、異常事態だ。

これだけでも、本格的に異世界へようこそされたと考えられてしまう自分が情けない。


では、この二人は何の為にここにいるのか。

推測だが、街を守護する騎士団が、変態騒ぎを聞きつけてやってきたのではないか。

ここでいう変態は自分のことであるわけだが、都合の悪い事は忘れるようにしているので何の問題もない。


「あー、聞こえていたら返事をしてくれやー」


「はい」


大事な所を両手で隠しながら、力なく返事をする。

今のメンタル的にこれが精一杯なのは察して欲しいところだ。


「おっ。やっと返事したな」


「隊長。もうあの方を処分し、なかったことにして帰りましょう。時間の浪費です。たいして立派なものをぶら下げてないくせに、偉そうなのが尺に触ります」


おい、それはさすがに泣いちゃうよ?

俺を産んでくれた母ちゃんに聞かせられない。

なんて顔向けしたらいいんだ。


「サラちゃん相変わらず厳しいね。俺が言われたら泣いちゃうよそれ」


「貴方、公共の迷惑になりますので、とにかく一緒に来てください。素直に従うならよし、拒否、抵抗するならばここで処分します。お理解りですか?」


「聞いちゃいねーな。まあ、いいや。そういうわけだから、兄ちゃん。あと、好きでやってんだかしらんが、とにかくまず服をきてくんねーか」


そう言うと、青年はおもむろに肩につけていたマントのようなものをこちらに投げつけた。

突然で驚いたが、かろうじてそれをキャッチする。

そして、すぐに羽織るように体に巻き付けた。

もちろん俺には裸体を見られて喜ぶような性癖はないし、願ったり叶ったりだったわけだ。

サンキュー青年。お前のこと好きだぜ。

モテ男だろうからムカつくがな。


「さて、こちらの要求も受け入れてくれたようだし、抵抗しないでくれよ?」


次の瞬間、視界から青年は消えていた。

また、同時といっていい程のタイミングで後首に衝撃が走る。

まもなく意識がプツッと切れた音がした。


「まったく。結局こうなるのでしたら、最初から会話などせず、こうすればよかったのでは?」


「まあまあ、いいじゃない。どうせ話聞いたりしなきゃなんないんだしさ。楽しく仕事しようぜ」


「私としたことが、貴方と話していること自体、時間の浪費だということを失念していました。さっさと帰りましょう」


「ひぇーきっつ」


「だいたい貴方はいつも甘すぎるのです。このまま無傷で連れていけば、この方は重罰を受けていたでしょうね。民衆の目もありましたし。だから、ここである程度痛めつけ、体裁を整えとこうってとこでしょう」


「なんのことだかさっぱり」


「さっさと行きますよ」


「ちょっと待てって!」


こうして、俺の異世界生活は、波乱万丈にスタートしたのだった。

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