◆◆ 21. メキシコ

 昼休み、皆が弁当を掻き込む時間、中山なかやまが首を傾げて俺を見る。

 タコスはどこの国の料理か、そんな質問がきっかけだった。

 メキシコだろうと答えた俺に、そんな国は知らないと返される。


「中山は地理が得意だっただろ。メキシコ知らないなんてヤバいんじゃねえの?」

「どマイナーな国まで覚えてねえよ。アフリカでいいじゃん」

「メキシコはアフリカじゃないだろ。マイナーじゃないと思うけど……」


 この時、俺の席には中山と兼木かねきが集まっていた。

 兼木も同様に、メキシコなんて国名は初めて耳にしたと言う。


「お前は頭悪いから、知らなくても理解できるけど」

「なっ、シッツレーな。社会はほぼ平均だよ」


 騒がしい俺たちの隣には、さっさと予習を終えて五限の予習に励む佐々木さんが座っていた。

 抜群に可愛いけど大人しくて、男子と話すところを見たことがない。

 ノートから顔を上げ、こちらを一瞥したので期待したが、俺と目が合った途端にまた俯いた。

 成績優秀な彼女のことだ、メキシコを知らないはずは無さそうだけど。


「有名なメキシコ人って誰かいるか? 世界史でも出てこなかったと思うぞ」

「そりゃメキシコ史なんて習わんだろう……」


 中山の指摘ももっともで、そう言われたらマイナーな国に思えてくる。

 タコス以外に何かあったっけ。


「トルティアもメキシコの食い物だったと思う。あとはテキーラとか」

「どっちもアフリカでいいだろうよ」

「いやだからさ、アフリカじゃねえんだって……あっ」

「どした?」

「メキシコ五輪。昔、メキシコでオリンピックやったはずだ」


 サッカーでメダルを取ったのがメキシコ五輪だったはず。

 俺はサッカー部だから知ってたのかもしれないが、オリンピック開催地ならメジャーと言えるのでは。


 記憶を探るように、中山と兼木が考え込んだ。

 兼木は「知らん」と早々にギブアップしたものの、佐々木さんがまたこちらを気にしてチラ見してくる。


 彼女はやはり知ってそう。話しかけてくれないかなあ。

 何なら俺からアプローチするか、そう決意を固めようとした俺を、中山が無粋にも邪魔する。


「メキシコ五輪、それっておかしいよな」

「何がだよ」

「ロンドンでやったらロンドン五輪、東京でやったら東京五輪だ」

「だから?」

「五輪は開催した都市で呼称するんだ。イギリス五輪とか日本五輪とか言わない。メキシコは国名なんだろ?」

「あ、ん……」

「オリンピックをやった都市名は?」

「知らないな……」


 中山の妙に鋭いツッコミに、俺も自信が揺らぐ。

 メキシコ五輪って言葉は確かにおかしい。

 どこでそんな言葉を仕入れたんだっけ。


 仮に俺の記憶が怪しいとして、それでもメキシコという単語は頭の中に存在していたのだから、急に新造したデタラメではない。

 第一、メキシコを否定したらタコスはアフリカ産でサッカーのメダル初獲得は別の国での――。


「――別に構わない、のかな」


 全部アフリカで不都合は無し。

 違ったところで、アフリカ史も試験範囲ではないだろう。


「そのメキシコって国、アフリカのどの辺りにあるんだ?」

「いや、アフリカじゃなくてさ。全然別の場所のつもりだったんだけどね」

「どこよ」

「日本のずっと東……太平洋の真ん中くらい?」

「あー」


 何やらピンときたらしい中山が、ウザい笑みを浮かべた。


「それあれだ。オカルト系の伝説だ」

「伝説?」

「太平洋ってさ、めちゃくちゃデカいじゃん。それこそユーラシアがもう一つ入るくらいに大きい」

「おう?」

「だからってわけだか知らないけどさ、ユーラシアとアフリカ以外にも大陸が存在したって伝説があるんだよ」

「ああ、聞いたことがあるわ。アトランティスだ」

「そうそう。俺も詳しくないけど、メキシコってその話に出てくんじゃね?」


 古代、海中に没した幻の大陸。

 言われてみると、アトランティスにあった国名がメキシコだと思えてきた。

 中山も俺も、一応の結論が出て納得し、弁当の残りに取り掛かる。

 兼木はとっくに興味を失っており、楽しそうに残しておいたハムカツを堪能していた。

 隣から意外な声がしたのは、その時だ。


「あの、えっと」


 佐々木さんに顔を向けると、肩を震わせてビクつかれる。

 慌てて精一杯の微笑を作り、無害をアピールした。


「ゴメンね、うるさくして」

「コロン……」

「んん?」

「コロンブスが辿り着いたのは……」

「オーストラリアが何?」


 しばし、俺と佐々木さんは見つめ合う。

 彼女はそれ以上話すことなく、根負けしたように机の上へ目を逸らした。

 俺も何を喋っていいか分からず、親しくなる機会は持ち越しだ。


 五限が始まるまで、佐々木さんは微動だにしなかったように思う。

 なぜか顔が青く見えたけれど、俺の気のせいだろうな。

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