― 24 ―


「何がいい? 海鮮系? お肉系?」

「うーん。肉の気分」


 鶏ひき肉がセールになっていてとても安い、私の目がめざとくそれを見つける。


「それなら、鶏団子のお鍋は?」

「いいね、そうしよ!」


 私は湊人君が持ってくれているカゴの中に材料を入れていった。白菜、ネギ、生姜、豆腐……キノコ類を籠にいれた時、湊人君が一瞬身構えたけれど、すぐにその力は抜けていった。キノコも鍋に入れてもいいみたいだ。出汁や調味料はうちから持って行けば大丈夫、私がレジまで持って行こうとすると、湊人君が強く制止する。


「俺が買うから」

「で、でも……」

「いつもなんだかんだでご馳走になってるし、これくらいさせてよ! ほら、あっちで待ってて」


 彼の勢いに負けた私はサッカー台のあたりで彼が会計を終えるのを待つ。主婦が多い時間帯、背の高い彼は良く見えるし、とても目立つ。周りの人も、チラチラと彼を見ていた。例え変装して【Oceans】の【MINATO】であることがバレなかったとしても、イケメンなのは変わりない。そりゃ、目立つに決まっている。


(……えっ?)


 私は勢いよく後ろを振り返っていた。彼に集中していた視線の中でひとつだけ、違う物を感じたせいだ。あれは湊人君ではなく、私に向いていた。じっとりと舐めるような視線、私の背筋に冷たい汗が伝う。身に覚えのある恐怖に似たものが、私の体にまとわりつくような感覚。呼吸が少しずつ浅くなっていく。私はとっさに胸を抑える。


「……穂花サン?」

「っ!?」

「そんなにびっくりしなくてもいいじゃん」

「み、湊人君……」


 湊人君は財布を鞄に仕舞っていた。私が持っていたエコバックをさっと奪い、中に買った食材を押し込んでいく。


「ほら、早く帰ろ」

「う、うん」


 私はもう一度視線を感じた方向を見つめる。誰もいなかったけれど……あれは決して気のせいで片づけられるようなものではなかった。


 たわいのない話をしながらマンションに戻っていくと、エントランスから二人組が出てくるのが見えた。その二人組は顔をあげて「あー!」と大きな声を出す。


「航太と洋輔じゃん」

「っ!?」


 マスクと帽子で顔が良く見えなかったけれど、確かに湊人君が言うとおり、OceansのKOTAとYOSUKEがそこにいる。


「湊人、お前どこ行ってたんだよ」

「出かけてたんだよ、来るなら連絡くらい寄越せって……それで、何しに来たの?」

「今日寒いじゃん? だから湊人君の家で鍋パしようと思ったんだけど」


 YOSUKE君の手には買い物袋がぶら下がっている。そして二人は、同じように買い物袋を持っている湊人君の手を見た。


「もしかして、鍋の予定?」


 袋から飛び出しているネギと白菜を見て、YOSUKE君がそう口を開く。私は何度も頷いた。


「ならちょうどいいじゃん。みんなで鍋パしよ~」

「……そうだな。穂花サン、騒々しくなるけどいい?」

「いいっていうか、私、邪魔じゃない?」

「そんなことないって。ほら、早く家帰ろ」


 湊人君が家の鍵を出そうとしたとき、背後から「あ!」という女の人の声が聞こえてきた。Oceansの三人はさっと顔を隠そうとする。もしファンにここに住んでいることがバレたら大変なことになってしまう。しかし、その声が呼ぶ名前は、彼ら三人の物ではなかった。


「穂花、いい所にいた!」

「え? 優奈?」


 振り返ると、仕事帰りなのかキリッとスーツを着込んだ優奈がニコニコと笑いながら立っている。


「お父さんが依頼者さんからワイン貰ってさ、うちの親飲まないから穂花と一緒に飲もうと思って持ってきたんだけど……あぁっ!!」


 優奈はさらに大きな声を出すので、私は慌ててその口を塞ぐ。


「おーふぁんず?」


 その言葉に私は頷いて答える。優奈はすぐに察してくれたのか、途端に小声になる。


「えっと……あ、あなたが例の」


 湊人君を見つけ、深々と頭を下げていく。


「いつも穂花がお世話になってます。私、穂花の友達の鈴木って言います」

「あ、いや、こちらこそ……」


 湊人君が頭を下げるのに合わせて、なぜかKOTA君とYOSUKE君も軽くお辞儀をしていく。


「そ、そういうのいいから、早くマンションに入ろ。目立っちゃう」


 みんなをマンションのエレベーターに押し込んでいく。


「それで、何してるの? みんな勢ぞろいで」


 ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターの中、優奈の言葉にみんなで顔を見合わせた。


 そして気づけば、湊人君の家に全員集合となっていた。


「これめっちゃ美味しいワインですね、優奈サン」

「お、湊人君はワインの味がわかるのか。いいねー、これは大成するよ!」

「優奈―、絡み方がおっさん臭いよ」

「ホノカさん、包丁とまな板見つかりましたー!」


 YOSUKE君がどこからか包丁とまな板を発掘してくれた。


「ありがとう。本当にあったんだ……」

「俺らが使う事あるんで。手伝いますよ」


 KOTA君が腕まくりしているので、私はその言葉に甘えて野菜を切るのをお願いした。私はビニール袋にみじん切りをしたネギ、すりおろした生姜、うちから持ってきた調味料と鶏ひき肉を入れて、鶏団子を作り始める。


「僕、手作り鶏団子初めて」

「あー、俺らいっつも冷凍だもんな」

「材料入れて混ぜるだけだし、簡単だよ」


 私は袋の外から鶏団子を捏ねていく。ちらりとKOTA君の手元を見ると、野菜を切っているとても手際が良い事に驚いた。


「すごいね」

「一人暮らし始めて長いんで」

「僕と湊人君は何もできないけどね」

「お前、それ、自慢になってないからな」


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