― 22 ―
「それで、何買うの?」
「布団と毛布が欲しくて」
「え?」
湊人君は噴き出す。私にとって死活問題なのに、そう言いかえすと彼は笑ったまま「ごめん」と言う。
「うち、冬用の布団がないから……」
「あー、寒くなって来たもんな。俺もちょっと見たいものあるから、布団見たら付き合ってよ」
「それなら、別行動しようよ」
「えー、やだ」
湊人君は頬を膨らませる。
「俺、穂花サンの買い物付き合いたいんだけど」
彼は彼で好きな物を見ていればいいのに、どうして私の買い物について来てくれるのだろう? ……藤野さんは、出かけるとすぐに『疲れた』『お前の用事なんて時間の無駄』と言ってきて、私が買い物しようとすると『すぐに無駄遣いをして』と責め、買う物を徹底的に罵倒して、意欲を失くして帰ろうとすると『せっかくついてきてやったのに』と怒る。
(不思議な人だな、湊人君は)
私は「多分、つまらないよ」と言って歩き出す。彼は私の跡を軽い足取りでついてきて、「大丈夫だよ」と笑い声をにじませながら言った。
冬用の布団と毛布、それに合わせた布団カバーを選ぶ。全てを持って帰るには大荷物なので全部自宅に送ってもらえるように手続きもした。その間も湊人君は私についてきた。ただの荷物の配送手続きなのに、なにか楽しいことでもあるのだろうか?
「ごめんね、付き合って貰っちゃって」
そう言うと、彼は首を横に振る。
「ごめんね、じゃなくてさ、ありがとうって言ってよ」
「え? あ、ありがと……」
「そうそう。その方が言われる方が気分いいし」
私は口の中で「ありがとう」という言葉をもう一度繰り返す。湊人君の横顔を見上げると、なんだか満足そうに見えた。
「み、湊人君はなにが欲しいの?」
「んー? 座布団」
「それなら、あっちにあったよ」
湊人君は座布団を吟味し、赤くて低反発の座り心地の良さそうなものを選んだ。うちにある薄っぺらい座布団は大違い。あれもいずれは買い替えたいな、そんなことを考えながら湊人君が会計を終わるのを待った。
「お待たせー! 次は?」
「え?」
「どっか行くところある?」
「ない、けど……」
「はぁ?! ここまで来てここに終わり?! 買い物って布団だけ?!」
その大きな声に驚いて身を震わせると、それに気づいた彼は「ごめん」とすぐに謝る。
「せっかくここまで来たんだから、どっか見ようよ」
「でも、湊人君も疲れてるんじゃ……オフの日くらいゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」
「えー。たまにはこういう休日でもいいよ。デートしよーよ」
デート!? その言葉に耳まで赤くなっていく。湊人君はゆで上がったタコみたいな私の顔を見てケラケラと楽しそうに笑っている。
「結構混んでるし……はぐれたら困るから俺の腕捕まっててよ」
湊人君は私の手を掴む。そして、自身の腕に捕まらせる。これじゃ、カップルが腕組んで歩いているみたいじゃない! 私が離れようとすると、湊人君は強い力で私の手首を掴む。
「だ、誰かに見られたらどうするの……! 騒ぎになっちゃう……!」
「穂花サンってば心配性だなぁ。大丈夫だって、誰も俺だって気づいてないし。穂花サンがそうやって騒ぐ方が目立つし」
ハッと我に返った私は周りを見渡す。モールの中を歩く人たちは私たちの事なんて気に留めていないけれど、これ以上騒いだら……もしかしたら下手に注目を浴びて、今度こそ彼が【Oceans】の【MINATO】だってばれてしまうかもしれない。私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「百歩譲って、デートはいいけど、こういう腕を組むみたいなのはなし!」
「えー、残念だなぁ」
湊人君はニコニコと笑っていた。その顔を見ていると、ある考えが頭をよぎった。
(もしかして、私、からかわれてる?)
隣に立つ湊人君は首を傾げている。
「どこ見る? 料理に使う物でも見に行こうか?」
「う、うん!」
湊人君が歩き出すので、私は彼について行く。彼は歩くスピードを緩めて、私の歩幅に合わせてくれる。それだけなのに、私は彼の優しさに包まれているような気持ちになっていった。
調理グッズのお店では、新しく出たという調理雑貨を見て回った。簡単にみじん切りができるという機械、電気圧力鍋におしゃれなホットプレート、低温調理器。いいな、と思っても少し値段がお高めで、今の私にはまだ手が届きそうにはない。湊人君は料理はできないけれど、以前テレビ番組に出演した時にVTRで見たと言って、色々と使いかたを教えてくれる。
調理雑貨のお店だけではなく、私たちはモール中を歩き回っていた。服屋、ファンシーグッズの店、雑貨屋……下着屋の前で湊人君が「寄っていく?」なんて口の端をあげて笑いながら言うので、ちょっとだけムッとしてしまった。
食器屋のウィンドディスプレイを見た時、私は立ち止まっていた。
「どうしたの? 穂花サン」
「あ、いや……」
「何か欲しいものあった?」
彼も同じように覗き込む。私たちの視線の先には透き通ってキラキラとしているグラスが並べられている。
「うちってああいうグラスないから、いいなって思っただけ」
100円ショップで買ったプラスティックカップか紙コップで凌いでる。グラスの下に置いてある値札を見ると、想像していたよりもずっと高いものだった。さっきの家具屋なら似たようなグラスがもっと安く売っているかもしれない。買うならそっちの方がお財布にはずっと優しい。
「いいじゃん、買おうよ」
「あの、いや、でも……」
「そうだ! 俺が買ってあげるよ」
「へっ!?」
湊人君はスタスタとお店の中に入っていき、店員に声をかけている。
「ちょ、ちょっと、湊人君……! 大丈夫だから」
「欲しいんでしょ?」
「で、でも……」
「いつも料理御馳走してくれる穂花サンにお礼っていうか、俺、いつも何もしてないし。それに、穂花サンの家にあったら俺がいずれ使うでしょ?」
ね! と彼がにっこりと笑う。その笑顔に気圧された私は小さく「ごめん」と呟いていた。
「あー。またそれ言ってる。違うじゃん」
湊人君はグラスのセットを選び、会計を始めていた。どうやらラッピングまでしてくれるらしい。
「……あの、ありがとう……」
「どうしたしまして。俺こそ、いつもありがとう」
そう言って渡されれるグラスのセットの重みは、私には心地のよいものだった。
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