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 私が頷くと、彼は「なるほどな」とさらに深く頷く。そして、とんでもない提案を示したのだ。


「なァ、俺がこれからもアンタの作るメシ食ってやろうか?」

「……は?」


 私は口をあんぐりと開ける。


「ど、どうして?」

「だって、俺はアンタが俺の写真売ったりしないか見張る必要があるし……その口止めの代わりにさ、アンタが自信取り戻すまでアンタのメシ食ってやるよ」


 美味しいと言ってくれたお礼に、絶対に誰にも話したりしないし、ストーカー紛いな真似も辞める。だから無理して私が作った物を食べなくても……そう言ったら、彼は「それにさ」と口を開いた。


「俺は旨いメシが食えるし。これって、一石三鳥ってやつじゃね?」


 私が答えを出せずにいると、脳裏に再び優奈の姿が浮かんでくる。そして、彼女はあの言葉をもう一度囁くのだ。


「……わかりました」

「決まりっ! これからよろしくな」

「よろしくお願いします」

「あ、敬語とかやめていいから。面倒だし」


 彼はスマホを取り出す。どうやら予定を確認しているみたいだ。


「アンタって木曜は暇?」

「え? は、いや、うん」


 現時点、木曜日どころか毎日暇……そんな事は口を裂けても言えない。


「俺さ、金曜日は朝早いから木曜は仕事早めに切り上げてくれること多いんだよね。それなら晩飯の時間作れるからさ、いいだろ?」

「う、うん」

「じゃあ、決まりな。じゃあまた来週! あ、俺キノコ嫌いだから、キノコ以外で頼む!」


 彼は「ごちそうさま!」と言って、私の部屋を出ていった。私は頬、手首、足の甲の順でぎゅっとつまんでいく。痛い。さっきまでOceansのMINATO君がうちにいて、私のご飯を食べておいしいと言ってくれて、次の約束までしていった。まるで夢みたいな出来事ばかりだったのに、じんじんとした痛みが、これが現実であると言っている。


「来週、何作ればいいんだろう……?」


 彼はどんな料理が好きなのだろう? もう一回インタビューを見て勉強しないと。あぁ、あとは出演番組のチェックしてヒントを話さないか確認しないと……この前まで同じことをしていたけれど、今は訳が違う。MINATO君が私の料理を食べる。責任重大だ。


***


「穂花、それ妄想じゃなくて?」


 後日、うちにやってきた優奈にその話をすると、そう疑われた。私だって突然そんな話を聞いたら同じことを思うに違いない。


「だから、今、練習中なの」


 優奈が来たとき、私はボロネーゼパスタを作っていた真っ最中だった。優奈は料理をしていた私に驚き、喜んで「どうしたの?」と聞いてきたので、先日の顛末を話した。もちろん、彼の女癖の悪さは秘密にして。


「……いや、でも、お父さんからこのマンションに芸能関係者が住んでる的な話は聞いたあるな。セキュリティがしっかりしてるから穂花にも勧めたわけだし、そういう業界の人がいてもおかしくない……? いやいや、でも都合よくそんな事になる?」

「私もびっくりしてる」


 優奈の前にパスタを置いた。お昼ご飯を食べていないという事なので、今日は実験台になってもらおう。


「でもさ、『そういう関係』にだけはならないように気を付けてよね」

「そういう?」

「恋愛関係とか体の関係とってこと。一応、婚姻関係は破綻しているから恋愛は自由だけど、隙に付け込まれると困るし」

「大丈夫。そんなの絶対にないない!」


 彼が連れてきていた女性は、みんなモデルやアイドルに違いない。あんなに可愛かったり綺麗な人と『どうにか』なれる彼が、私みたいに貧乏神を背負っているような女なんて最初から興味ないに違いない。


「ああいう人にはキラキラした女の人が似合うよ。私みたいな辛気臭い女、そもそも眼中にないって」

「ふーん。……やっぱり、前言撤回」

「へ?」

「穂花、あんたそのアイドルとどうにかなっておいで」

「……は?」


 優奈はパスタを一口食べ、飲み込んでから話を続ける。


「まずは胃袋を掴んで、その後は女として意識してもらえるように頑張るの! そうしたらきっと、あんたのそのマイナス思考も何とかなるはず! わかんないけど!!」

「え。無理無理無理! 大体どうやって……」

「そこは穂花が考えてよ。私も協力するから……あ、これおいしいね」


 唐突な優奈の提案に困惑する私をよそに、彼女はパスタをフォークにクルクル巻き付けていた。

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