第56話 取り戻したモノの話


 ――神の居所。本来は静謐な場所であるはずの礼拝堂に、破壊の音が断続的に鳴り響く。



巨人の涙ギガントティアーズ!」


 滝かと思うほどの水がゴオォと音を立てて穴に叩き落ちていったかと思えば、



時止めの吐息フリーズ・ブリーズ


 一瞬にして水が凍り、巨大な氷柱つららとなり



悪魔の嫉妬サタンズフレイム!」


 底の見えない穴から炎の極太の柱が上がり、氷が一瞬で蒸発していく。辺りは気化した水蒸気でもやがかかってしまい、そのあとは音しか聞こえなくなってしまった。



「ゴホッ、ゴホッ……なんだ、何が起きているんだ?」


 巻き込まれては大変だと、俺たち四人は聖水の泉へと集まった。さっきの大穴の魔法が影響したのか、あれだけこんこんと湧いていた泉が止まってしまっていた。そういえばここはダンジョンだったっけ。本来であればダンジョンは破壊できないはずなんだが……



「お姉ちゃん、帰って来たんだね……」

「天下無双。あれが本来のサリア」

「ボクの神鳴りかみなりが霞むよねぇ~。ミカ君のお姉さんはおっかない……」


 今もドカンドカンと何かの魔法を煙の向こう側で撃ち続けている人物に向けて、さすがにアレは恐ろし過ぎると会話する。悪口を言っているのがバレたら、あの魔法の矛先がこっちに向かいそうなのでコッソリと小声で。



「しかし、どうして急にサリアの記憶が戻ったんだ?」

「それに私達の身体も変でしたよね」

「獅子奮迅。戦闘中、呪いが無くなったみたいだった」

「いや~、それ以上だったかもしれないねぇ~。ボクの場合、記憶も失っていないみたいだったし」

「マジかよ……いったい何が起きているんだ?」


 キュプロは頭をポンポン、と叩きながら苦笑いを浮かべている。この中ではキュプロが一番重たい代償を払っているしな。呪いを解くために俺たちのことを欺いたり落ち込んだりと、散々振り回されてきただけに、いきなり無くなったら困惑するに決まっている。



「――それは私が説明しましょう」


 そう言って白い霧の中から現れたのは、長いブロンドの髪をかき上げながら額の汗をセクシーに拭うサリアの姿だった。



「サリア……」

「お姉ちゃん!」


 おおっ、やはり記憶を取り戻していたようだ。サリアが初めてミカに向かって笑顔を見せた。ミカも目を見開き、そして涙をポロポロと流す。これで一件落着……と思ったのだが。



「随分と立派になりましたね、ミカ……と、その前に」

「うおっ!?」


 サリアはくるっと振り返ると、俺の胸に飛び込んできた。



「ジャトレ……!! 逢いたかった。ずっと。本当は貴方に忘れられたくなかった。忘れたくも無かったの……」


 そんな事を言いながら、サリアは目を潤ませてこちらを見上げてくる。忘れたくなかった……つまり、俺と一緒に生活していた頃のことも思い出したんだろう。



「サリア、その……」

「分かっています。貴方の中に、私のことは残っていない。それはあの時、私自身が宝玉に願ったことなのですから」

「すまない……」


 彼女の記憶は戻っていても、俺の方はそうじゃない。幼い頃に会ったことは覚えているが、一緒に暮らしていたことは未だに覚えていない。



「ジャトレさん? いつまでお姉ちゃんのこと、抱き寄せているつもりなんですか?」

「えっ? いや、コイツから来ただけで俺は別に……」

「言語道断。ジャトレ様、早くサリアから離れて」

「……ヴァニラ? どうして貴女がジャトレを“様”付けで呼んでいるのです?」


 カオスだ。この状況は余りにもメチャクチャ過ぎる……!!

 俺は何もしていないのに、どうして責められているんだ??


 サリアは俺の身体を物凄い力で掴んでくるし、ミカとヴァニラは無理やり剥がそうとしている。とてもじゃないが、間に挟まれている俺が口を挟めるような雰囲気じゃない。三人の殺気に当てられ、俺は身体をガタガタと震わせることしかできなかった。



「た、助けてくれキュプロ……」

「む、無理だよぉ……ボクが入り込めないほど怖い……」


 普通の人間からしてはいけない、ブチブチという音を立てながら目で助けを訴えるも、キュプロはスッと目を逸らすのであった。

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