第38話 亡者が策を講じる話


「いくぜ、剣聖ヴァニラ!」


 クロスペンダントに闇魔法をめ、増強された力で宝剣をまとう。二つの装備が組み合わさり、これまで宝剣が喰らってきた大量のエネルギーが全身に巡っていく。



「私が彼女の行動を妨害しますっ」

「おう、頼んだっ!!」


 さっきまでならヴァニラの動きは目で追えなかったが――


「――今ならえる!!」


 音がやって来るよりも速く、銀の大剣が頭上から振り下ろされた。それを俺が半歩横へ移動し、紙一重でかわす。


 その瞬間。爆風と共に轟音がフロアに鳴り響いた。



「う、おぉっ!?」

「ジャトレさん!?」

「だ、大丈夫だ……!!」


 おいおい、何だよ今のは。もしかして剣圧の衝撃波か……!? さすがの俺でも見えない攻撃が来るとは思わなかったぜ。


 ……やっぱり一筋縄ではいかねぇよな。

 目の前に迫る死の恐怖で肌が粟立あわだちそうだ。あんなの馬鹿正直に受けていたら、俺なんて紙みたいにペシャンコに潰されちまう。



「(だが、避けられないわけじゃない……)」


 宝玉の呪いを受けてからというもの、何をするにも身体は鈍重だったはずなのに、今では考えるよりも速く動くことができる。

 もしかしたら、キュプロの神鳴りカミナリだって避けられるかもしれないぜ。


 それに俺には――



風の牢獄エアロジェイル!!」

「……?」

「ナイスだミカ!」


 後方から頼れる相棒が魔法で援護してくれている。


 元とはいえ、ミカは国選の魔法使いだ。

 弱体化の呪いも今は最低限の装備にすることで、火力も可能な限り最大になっている。


 そんなミカが放つ不可視な拘束魔法のおかげで、ヴァニラの動きが目に見えて悪くなった。ミカが居てくれるだけで、メチャクチャ心強いぜ……!!



「……押さえつけていてもこの速さって、相当ヤベェけどな!」


 そうはいってもさすがは最強の剣士。簡単には勝たせてくれないようだ。



「ミカ、どんどん追撃してくれ!」

「はいっ!!」


 纏わりつく風さえもあっという間に切り裂かれてしまい、反撃とばかりに剣聖の連撃が俺を襲う。躱しきれないものは剣でらすが、攻撃が重すぎてそのたびに身体が持って行かれそうになる。


 俺も必死に攻撃パターンを覚えていくが……やはり手ごわい。


 技は尽きないわ、フェイントも織り交ぜるわで中々対応しきれない。

 当然俺は回復もしながらなので、ガリガリと宝玉の中の財宝が減っていっている。なんだかもう泣きそうになってくるぜ。



「だけどこの時の為に準備してきたんだ。そう簡単に諦められるかよっ!!」


 それに俺は、人の裏をかくが得意なんだよ!! 剣聖だろうがダンジョンボスだろうが、関係ねぇ!


 俺は闇魔法で自分の幻影を創り出し、ヴァニラへとぶつける。息もつかせぬ戦闘の最中だ。たとえすぐに偽物だと分かっても、絶対にわずかな隙ができる。



「(――ここだっ)」


 今のうちに俺は奴の死角を全力で駆ける。


 更にこれまでえて最速を出さなかったことがここで活きた。速さに緩急をつけることで、ヴァニラに目を慣れさせない。


 こうしてまでやっと稼ぐことができた、まばたきの間よりも短いチャンス。俺はそれに賭け、奴の背後を取った。



「……!!」

「だよな、それでもお前なら気付くと思ったよ」


 剣の達人であるヴァニラは、危険を察するのも得意だったようだ。完全に気配を消していたハズの俺に気付きやがった。

 奴は俺を冷静に排除しようと、振り向きざまに大剣を横一文字に振るう。



「(綺麗だ……)」


 攻撃と同時に、奴のシルバーに輝く長髪がキラキラと流星のように舞っている。


 俺は純粋な剣士ではないが、それでも分かる。見た目はヴァンパイアになっても、ヴァニラが長い時間を掛けて磨き上げてきた剣技に一切の曇りは無い。

 なによりも、コイツの戦い方には一種の美しさがあった。


 だが今はそれに見惚みとれている暇は無い。


 迫りくる銀の閃光。

 スローな映像の中で、俺は咄嗟とっさに自分との間に愛刀を差し込むが――



「う、ぐ……ああっ!!」


 ヴァニラの剣を受けた瞬間。

 とんでもなく重い衝撃に襲われ、俺は壁まで吹っ飛ばされた。


 クッソ、今ので身体中の骨が砕けたかと思ったぜ。思わず大事な剣まで放しちまった。……あんな小柄なロリ娘が出していい威力じゃねぇぞ、まったく。



「おいどうした、ヴァニラ。もう勝ったつもりなのか?」

「……?」


 武器も持たず、無様に地面に転がっている俺が何を言っているんだと思ったのだろう。無表情のまま首をかしげている。


 だがそれは大きな間違いだ。何も俺は、剣で奴の首を取ろうとしたんじゃない。



「ククク、分からねぇだろうなぁ。お前の弱点はその傲慢さだ」


 己の実力に自信があり過ぎるせいで、無意識で敵を過小評価している。雑魚だって知恵を集めれば、どうにでもやりようはあるってことを、身に染みて理解するがいい。



「……っ!!」

「ようやく異変に気付いたようだが、もう遅いぜ?」


 冷めた目で俺を見下ろしていたヴァニラだったが、眉がピクリと動いた。

 対する俺はヴァニラの足元にあるモノを見て、ほくそ笑む。



「覚えておけ、剣聖サマよ。本物の秘策ってのはな、デカい陽動フェイクの裏でやるもんなんだぜ」


 本当の狙いは最初から俺の宝剣を使った攻撃でも、ミカの大魔法でもない。俺もミカもただの布石だ。


 俺たちの本命とは――



「やれ……キュプロ!」

「後はボクに任せて……『威神伝針いしんでんしん』!!」


 後方でビーンと一緒に退避していたはずの人物。気付かれないギリギリの距離から、キュプロは右手に握っていた金属棒より神鳴りを放つ。


 その目指す先はヴァニラの足元、俺がさっき攻撃すると見せかけて地面に刺したキュプロの金属棒だ。対になる金属棒を目掛け、純白の光が激しい破裂音をさせながら走っていく。



「……ぐ、が!!」


 さすがに神の御業みわざの威力にはこたえたのだろう。これまでひと言も発さなかったヴァニラも、苦しそうなうめき声を上げて崩れ落ちた。


 ……少し予想外だったな?

 いつもは四方に炸裂する神鳴りも、どういうわけか全てヴァニラに集中していた。


 というより、奴の持っている銀の剣や鎖も、キュプロの金属棒のように引き寄せられていた気もするが……。



「まぁ、理由は何であれ。これで俺たちの勝ちだ、剣聖」


 宝玉を使い、身体を回復させた俺は地面に転がっているヴァニラの元へ向かう。

 ミカやキュプロも警戒しつつ集まってきた。



「ジャトレさん……」

「あぁ。死んでは無いみたいだぜ。タフ過ぎんだろコイツ」


 胸が上下しているから、ちゃんと息はしているみたいだ。

 あれだけモンスターたちを丸焦げにしてきた『威神伝針』でも、気絶させるのがやっとって人外すぎるだろう。



「卑怯だとは思わないでくれよ。こっちは数人掛かりでギリギリだったんだからな」


 俺は地面にあった宝剣を握る。

 そして動けないままのヴァニラへと、容赦なく突き立てた。

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