第26話 聖女が強欲な豚に怒る話


 真夜中の大神殿。


 オスカー聖水を入手するため、俺はこっそりと内部へと忍び込むことに。

 無事に侵入はできたのだが、そこで見掛けたのはなんと、レクションの街に居るはずのミカの姿だった。



「どうしてミカがここに……いや、アイツは元々教会の関係者だが」


 暗がりであまりよく見えないが、アレは間違いなく俺の知っているミカだ。


 相変わらず露出度の高いローブの中に、無駄に大きく育った胸が詰まっている。あんな清楚からかけ離れたシスターなんて、普通は教会に居ないだろう。



 んん?

 ミカが何かを相手の男に手渡しているな。


「布袋? 随分と重そうだな……」


 男はすぐに口を開き、中を確認し始めた。

 そして気味悪く、ニヤァと笑った。


 なんだ?

 中身は金か?



「あ~、成る程。だからここへやって来たのか」


 彼女は呪いを解くため、聖女として働きながら教皇に貢いでいる。


 既にほぼ全ての財産は支払い済みだ。

 それでも足りないと、俺に毎日泣きついてくるほどの金欠っぷりである。


 それが先日攻略した新ダンジョンでの報酬が手に入ったお陰で、今月の支払いができると喜んでいたのだが……。



「しまったな。俺が居ない間に、支払いを済ませようと思ったのか。……でもどうして、こんな夜中に教会へ?」


 見た感じだと、隣りに居るあの太った老司教が窓口のようだ。

 ひょっとしたらアイツがミカの上司なのか?


 ……ふむ。

 直接教皇に会うわけじゃないんだな。


 にしても、何を話しているのか少し気になってきた。聖水の泉へ向かう前にちょっとだけ聞いてみよう。



「ですから、今月の分のノルマはお支払いしたじゃないですか!!」

「ふん。それは先月分のノルマだろう? 今月は今月だ。御託ごたくはいいから、さっさと払え!」


 おおっと、なんだか不穏な雰囲気だぞ?

 支払いで揉めてるってことは、今月分のアガりに何か問題でもあったのか?



「納得できません! だからって先月分の2倍って……それは幾らなんでも高過ぎます! 本当に教皇様がそうおっしゃったんですか!?」


 に、2倍の支払いだと……!?


 普段どれだけの支払いをしていたのかは知らないが、それはやりすぎなんじゃないのか。元々の額だってそんなに安くないんだろう?


 じゃなきゃ元国選冒険者だったミカが、あそこまで金稼ぎに必死になることもないはずだ。



「……教皇様は現在、非常に多忙であらせられる。貴様のような冒険者崩れに構っている暇など無い」


「そんな……!!」


「だいたいだな、わしだって大変なんだぞ!! 最近じゃ教皇様は得体の知れない新入りを重宝し始めるし、このままじゃ儂の今の地位だって危ういんだ。もっと献上できる資金と成果を上げなければ、貴様の願いを教皇様にお届けすることだって難しくなるんだぞ!!」



 はぁ? なんじゃそりゃあ。


 ってことはアレか?

 この豚みたいに肥え太った司教が、教皇に良く見られたいが為にミカを利用しているってことか?



「ふざけてんのか、あの豚司教は。こっちは文字通り命懸けで稼いでるってのに、てめぇはただミカから甘い汁を吸っているだけじゃねぇか」


 今すぐ駆け寄って、あの汚いツラに飛び蹴りをかましてやりたい。

 だがそんなことをしたら俺もミカもタダじゃ済まないしな……。


 ていうかコイツ、明らかに虚栄心がデカいタイプだろ。結局、教皇の前で良い格好をしたいだけじゃねぇか。



 だいたいその身形みなりだって、やたらギラギラと豪華な衣装を着やがって。金に困ってんだったら、ちっとは節約しろっつーの。


 って、もしかして。

 さっき俺が侵入してきた部屋にあった、あのやたら豪華な家具の数々。アレも、この豚司教の私物なのか?



「売れよ! お前じゃケツが乗らない執務椅子とかあったぞ!?」


 うわぁ。絶対に仕事していないな、アイツ。

 先ずは自分で地道に手柄を立ててからそういうことを言えっての。


 ミカも怒りを隠しきれていない。俺が見たことも無いような般若の顔を、あの豚司教に向けている。

 大丈夫かな。このままじゃアイツ、衝動的に司教を殺しかねないぞ……。



「そもそも、お前に向かわせたはずの、あの成金ゾンビはどうしたんだ?」


 おん?

 成金ゾンビって何だ?……っておい。

 それってまさか、俺のことか!?



「……富豪のジャトレさんのことですか」

「その成金ゾンビの話だ。せっかく儂が金づるを紹介してやったのに、どうして貴様は財宝を持ってこない? 浄化には成功したんだろう?」


 待て待て待て、どういうことだ?


 豚司教が紹介……?

 浄化に成功?



「浄化にはキチンと成功しました」


「なら財宝が手に入っただろう。ソイツは随分と金を溜め込んでいたらしいからな。噂じゃ、貴族並みの財力があったらしいと聞いているが……おい、まさか」


「いえ。屋敷には財宝なんて一切ありませんでした」



 ピシっとひと言。

 ミカは断固とした表情で、豚司教に言い切った。



「そんな馬鹿な!! あの金の亡者は誰にも金を渡さないことで有名だったのだぞ!? 教会の者がわざわざおもむいて寄付をしろと命令しても、あの男はかたくなに首を縦に振らなかったほどだ!」


 あぁ、そんなこともあったな。


 やたら上から目線で俺に「金を寄越せ」なんて言ってきたっけ。刃物をちょいとチラつかせてやったら、思いの外あっさりとお帰りいただけたけど。


 なんだ~、アイツらはこの豚の差し金だったのか。

 ていうか、ありゃ寄付じゃなくてただの強奪だろうがよ。下手すりゃ強盗よりタチが悪いぞ。



「恐らく、彼がアンデッドになった際に襲った強盗が奪っていったのでしょう。私が訪れた時には、金庫の中身は既に空っぽでした」


「なん、だと……」


「念のため言っておきますけど、私が彼の財宝を横取りして隠している……なんてことはないですよ? 私は『無償の愛』の呪いで、金銭は持てませんので」


「む、う……」



 豚司教はミカが奪ったと疑ったのだろう。

 簡単に論破された為に、開きかけた口からは言葉を出せない。代わりにムグムグとただ頬を動かすだけだ。



 まぁ、ミカの言うことは事実なんだよな。

 少なくとも彼女は、


 浄化をしていないという方の嘘に関しては、豚司教は触れていないしな。



「だいたい、教会の大司教ともあろう貴方が、一般人の財産を奪おうとして良いんですか? バレたら糾弾されるどころじゃないですよ?」


 おぉっと?

 今度は形勢が逆転したミカが攻勢に出るようだ。


 もはやノルマが2倍になったという話は、とっくにどこかへ行ってしまっている。

 さてはミカめ、このまま押し通して支払いを誤魔化す気だな……?



「う、うるさい!! それに、あの男は一般人などではない! お前は知らんのか? あの男の過去を……!!」


「ジャトレさんの……過去?」

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