第17話 奇妙な女研究者と宝玉の話


「ビリビリ……ってなんだ?」


 新ダンジョンへと続くフロアで出逢ったキュプロという女。

 白衣と眼鏡を纏ったコイツは自身を研究者と名乗り、ここであるモノを探しているという。


「あぁ。キミたちも冬の寒い日なんかに、ビリビリを経験したことが無いかい?」

「冬の……」

「寒い日に?」


 俺とミカはお互いに顔を見合わせる。

 冬にビリビリ?……って、あぁ。あの事か?



「服を脱いだり、何かに触った時に感じるアレか?」

「そう、ソレだよ! あとは激しい雨の日。天よりとどろくあの爆音と光。アレもきっとビリビリの一種なのさ!!」


 キュプロの言っているのは神鳴りカミナリだ。

 でもこれってたしか……。


「アレは神の怒りだって教会では言ってますけど……」

「そうだよな。悪いことをすると、神様が怒って天罰を~ってやつだろ?」


 よく親が子供をしつける時に言う、決まり文句みたいなモンだ。

 いちおうは教会の聖女であるミカも、そこで習ったのだろう。


 実際に神鳴りの威力は凄まじく、直撃したものは人でも建物でも関係なく破壊する。

 おそれの対象としては俺ですら信じている現象のひとつだな。



「ボクはアレを幼い時に間近で目撃してね。それ以来、あの神鳴りに取りつかれてしまったんだ」

「神鳴りに取りつかれた……?」

「そうなんだよぉ。あの神々しい光。まばたききの間に全てを蹂躙じゅうりんする力……ボクはアレに痺れてしまったんだ」


 思い出して陶酔とうすいに浸っているキュプロを見て、俺とミカは再度顔を見合わせた。


 なんだろう、すごく変態な匂いがする。

 方向性は違えど、コイツも俺たちと同じなのかもしれない。



「以来ボクは、神鳴りについての研究に没頭したのさ。まぁこれは歩きながらでも話そうか」

「は? 歩くってどこを?」

「この先のダンジョンさ。大丈夫。キミ達ならアンデッドがどれだけ出たって、簡単に倒してしまうだろう? なにせここには、聖女サマが居るんだしさ~」


 いや……それはそうなんだが。

 まだ俺たちはこの女を信用したわけじゃないぞ?

 今だって、コイツとはさっさとサヨナラしたいと思っているぐらいだ。



「仕方がないですね。どうせ私たちだけで先を進んでも、この人は勝手に後からついてきそうですし」

「お、おいミカ!?」

「くひひひっ! いいね、良く分かってるじゃないかキミ~!!」


 勝手についてくるって本気かよ!?


 お、俺は嫌だぞ!?

 こういう奴に限って、後で何か大変なことをしでかすタイプなんだ。


 そもそも、財宝を見付けたらどうするんだ?

 分け前が減っちまうなんて、俺は絶対に御免ゴメンだぜ。



「大丈夫ですよ、ジャトレさん。どうせこの人は研究以外に興味なんてないですよ。むしろ協力だけさせて、タダ働きしてもらいましょう」

「ひぃ~っひっひ!! 凄いよ、正解だ!! まさか初対面でそこまでボクのことを理解してくれるなんてね!」


 キュプロは魔女みたいな笑い声を上げながら、ミカを褒めそやす。

 ミカも思わず苦笑いを浮かべている。



「ってことはお前。本当にダンジョンの報酬は要らないって言うのか?」

「いいよいいよ!! ボクの目当てのモノはお金や宝石なんかじゃないからね。見つけたものは全部、キミたちが持っていってくれたまえ!」


 えぇ……本当かよ。

 金の亡者な俺からしたら、到底信じられない考えなんだが。



「ほらぁ~、ボクは丸腰だろう? キミ達の寝首を掻こうだなんて、とうてい不可能さ」

「こう言ってますし。私がアンデッドの相手をしますから、ジャトレさんはこの人から目を離さなければ大丈夫ですよ」


 ……はぁ、仕方ない。

 そういうことなら同行を許してやるか。


 だがミカはどうしてそこまで、キュプロを一緒に連れて行きたがっているんだ?


 若干の疑問は残るものの、俺たちは結局この女を引き連れて新ダンジョンへと潜ることにした。



 ◇


 どうやら新ダンジョンは古い石造りをした迷宮のようだった。

 両手を広げられるほどの幅がある通路をミカ、キュプロ、俺の順番で歩いていく。



「それで? さっきの続きを話してくれよ」


 何かあればいつでも切り伏せられるように剣を抜いたまま、俺は前に居る白衣の女に話し掛ける。


 ミカはああ言ったものの、情報は多いに越したことはない。

 何か話に矛盾点があればコイツを糾弾できるしな。



「んん~? キミも神鳴りに興味があるのかい!? いいとも。ボクの研究について詳しく教えてあげよう」


 興味深げに周りを観察しながら歩いていたキュプロは、壁に触れながらそう答えた。

 自身の研究に興味を持ってもらえたのが嬉しいんだろう。とても楽しそうに語り出した。



「神鳴りを研究対象としたまでは良かったんだけどねぇ。アレはいろんな条件が揃わないとちっとも起きなかったんだ。ボクが14歳の時に研究を初めてから10年が経ったけど、結局一度もマトモに観測できていない」


 そりゃあ、そうだろうな。

 いくら雨の日に待っていたって、狙った場所に落ちるもんでもないし。



「雨の日に死刑囚を柱に縛り付けて放置したり、そいつに神に祈りを捧げさせたりもしたんだけどねぇ。全くの成果無しさ」


「その罪人も可愛そうになぁ。風邪ひいちまいそうだ」


「ははは。そうだねぇ。でもソイツは、ちょっと目を離していた隙に死んでしまったよ。それも、神鳴りに打たれてね」


 あの時は自分の運の無さを呪いたくなったね、とキュプロは残念そうな表情を浮かべる。


 やっぱりやべぇな、コイツ。

 人の命をいったい何だと思ってやがるんだ?



「とまぁ、そんな事をしているとね。研究所の他の連中も、あまり良い顔をしなくって」


「そりゃあ狂人扱いされるだろうな」


「きひひ。それである日、研究所を追い出されてしまってね。それからは自分ひとりで細々とやってきたってわけさ」


 うん、俺でも追い出すと思うぜ。


 元々研究所はおかしな連中が多いことで有名だろう?

 そこでも疎外されるって相当だぞ。



「だからお金も自分で稼がなくっちゃだろぅ? こればっかりは仕方がない。ダンジョンに篭もって日銭を稼ぎながら、コソコソと研究を続けていたんだよぅ」


 こんな頭のオカシイ奴でも一応は人間なんだろうしな。そりゃ飯も金も必要にはなるだろう。



「……そしてある日。遂にボクはダンジョンの奥地で、神鳴りを解明するための手掛かりを見つけたんだ!!」


「もしかして、それってお前の腰にある……」



 キュプロはこちらを振り返った。

 そしてニヤァ、と気味の悪い笑みを浮かべて頷いた。



「やっぱりキミたちも知っていたね。そう、ボクは神の宝玉を手に入れたんだ……!!」



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