第2話 妖精の指輪
「んんっー! はぁぁ、昨日はハズレだったよ」
朝起きるとお母さんはベッドにいなかった。両手を伸ばして背筋を伸ばす。
久し振りにお母さんと一緒に寝たけど、柔らかくて良い匂いがして、すぐに寝てしまった。
昨日の妖精は悪夢を見たと思って、早く忘れよう。
でも、今日の夜にもやって来そうで少し怖い。
出来れば腐った牛乳を窓の外に置きたいけど、それだと他の妖精が来なくなってしまう。
本当に迷惑な妖精に目を付けられてしまった。しょうがないけど無視するしかない。
「よいしょ」
ベッドから出るとトイレに向かった。
妖精と契約した子供は夢界で働ける。だけど、僕は学校に行かないといけない。
昨日は誕生日で特別に休みだったけど、特別扱いは昨日で終わりだ。
朝ご飯を食べたら、学校に行かないといけない。
……ふぅー、スッキリした。
トイレを済ませると台所に向かった。
「えっ?」
「おはよう、カイル。やっと起きたか。寝坊助さんだな」
「ぎゃあああッッ‼︎ お母さん、お母さん、アイツが家の中にいるよ‼︎」
でも、台所のテーブルに昨日の変態妖精が座って、普通に朝ご飯を食べていた。
あまりの緊急事態に喉が張り裂けるそうな程に大声で叫んだ。
「——ッ‼︎ もぉー、カイル。朝から近所迷惑でしょう。それにアイツじゃなくて、あなたが契約した妖精のリザベルさんでしょう」
「こんな奴と契約してないよ⁉︎ 何で家の中にいるんだよ⁉︎」
「そうだぞ。ほら、契約しただろう?」
「ええっ⁉︎」
お母さんに変態妖精が見えているのもビックリだけど、テーブルの上に空のミルク瓶が置いてある。
そのミルク瓶を変態妖精が持ち上げて教えてきた。契約してないのに、勝手に契約している。
小さい妖精なら力尽くで家から追い出せるけど、この大きいのは無理だ。
このままだと、お母さんのミルクが変態妖精に飲まれてしまう。
お父さんがいないんだから、僕がお母さんを守らないといけない。
……殺るしかない。殺るしかないんだ。
覚悟を決めると、すり足でテーブルにジリジリ接近していく。
変態妖精に気付かれないように、テーブルの上に置いてあるフォークを取らないといけない。
狙いに気付かれたら反撃されるので、パッと取って、ズバァと刺さないといけない。
「カイル、何しているの? 早く朝ご飯食べないと駄目でしょう」
「そうだぜ。ミリアさんの料理は最高だぜ。これだったら毎日食べたいぐらいだ」
「ふっふふ。そんなに大したものじゃないですよ」
「まさか。王都で店を開けるぐらいに美味い——」
……今だ! お前はこれでも食ってろ!
変態妖精がお母さんの方を見て、ニヤニヤ笑って油断している。フォークを右手で素早く掴んだ。
そして、逆手に握ったフォークを変態妖精の左肩に垂直に振り落とした。
「おっと……危ねぇ、どういうつもりだ?」
「にゃ⁉︎ お、お母さん、早く逃げてぇー‼︎」
だけど、変態妖精が左手を素早く動かして、僕の手をパシィと軽々受け止めた。
変態なのに強い。こうなったら、僕の命を引き換えにお母さんを逃すしかない。
変態妖精の左手を僕の左手で掴んで、お母さんを逃がす時間稼ぎをする。
「ふっふふ。ごめんなさいね。きっとはしゃいでいるんです」
でも、お母さんが笑っているだけで全然逃げ出さない。
それどころか、僕が変態妖精と遊んでいるように見えているみたいだ。
「ああ、なるほど。分かります、分かります。だったらこの『妖精の指輪』を渡さないとな」
そして、勘違いしているのはお母さんだけじゃなかった。
変態妖精が右手で六芒星が刻まれた銀色の指輪を服から取り出した。
あの指輪を僕は知っている。妖精と契約した子供が付けている指輪だ。
「おい、何するんだよ! やめろよ! 離せよ!」
「はいはい、動かない動かない……」
「嫌ああッッ‼︎」
変態妖精が僕の右手からフォークを軽々と奪い取ると、左手で僕の左手を掴んだ。
抵抗する僕を無視して、無理矢理に左手の薬指に妖精の指輪を嵌め込んだ。
パァッと銀色の指輪が光って、金色に変わっていく。
そして、僕の薬指にピッタリとくっ付いてしまった。
「よし、これで契約完了だ。俺と一緒なら、いつでも夢界に行く事が出来るぞ。良かったな」
「全然良くないよ⁉︎ ちょっと待って⁉︎ 全然外れないよ⁉︎」
僕はこの妖精と無理矢理に契約させられたみたいだ。
どんなに指輪を指から引き抜こうとしても取れない。
「当たり前だろう。一度契約したら指輪は外れないぞ。しかも、他の妖精とは契約できないからな」
「そんなぁ……」
ミルクを飲めば契約なのか、指輪を嵌めれば契約なのか、もう分からない。
分かっている事は、この妖精と契約してしまったという事だ。
「お母さんが子供の頃を思い出すわ。カイルがこんなに大きくなって、お母さん、嬉しいわ」
「お母さん……」
……僕は全然嬉しくないよ。可愛い妖精の女の子が良かったよ。
嬉し涙だろうか、お母さんが泣いているけど、この妖精と最低三年も一緒にいないといけない。
しかも、お母さんのミルクを飲もうとしている。こんな新しいお父さんは欲しくない。
「うっ、くっ……」
不満も文句もいっぱいあるけど、もう手遅れだ。
僕は悔し涙を浮かべて、朝ご飯のスープとパン、目玉焼きとハムを食べ終えた。
「ごちそうさま」
「よし! それじゃあ、出発だな」
「まだ、全然用意できてないんだけど……」
……主に心の準備が。
朝ご飯を食べ終えると、すぐに妖精が言ってきた。
服は寝巻きだし、リュックも必要だ。妖精をジィーと睨みつけて無言の抗議をする。
「別に何も要らないって。最初は見学気分で行けばいいんだよ。夢界にも店はあるんだからさぁ」
「そうよ、カイル。必要なのは新しい名前と大人になった自分の姿よ。もう決めたんでしょう?」
「それはお母さんに言われた通りに決めたけど……」
二人掛かりで僕を夢界に早く行かせようとする。
朝ご飯を食べたばかりだから、もっとゆっくりしたい。
とくに変態妖精と一緒に知らない場所に行くのは覚悟が必要だ。
「じゃあ、もう大丈夫ね。リザベルさん、カイルをお願いします」
「お任せください、ミリアさん。さあ、坊ちゃん。行きましょうか?」
「うっ……」
やっぱり行かなきゃ駄目みたいだ。お母さんに頼まれて、妖精が笑顔で僕の右手を握ってきた。
妖精なのに生温かい。まるで人間みたいだ。ちょっと気持ち悪い。
……美少女妖精が良かった。何で僕だけこんな酷い目に遭わないといけないんだよ。
凄くガッカリしているけど、足元の床に金色に輝く六芒星の魔法陣が浮かび上がっている。
この魔法陣を通った先に夢界がある。出来れば可愛い妖精さんを頭か肩に乗せて行きたかった。
「——ッ‼︎」
パァッと魔法陣が一際強く輝いた。
身体だけじゃなく、頭の中まで光に包まれると、僕は軽い目眩を感じてフラついた。
「……カイル、到着したぞ。ここが夢界だ」
「んっ? えっ? 何、ここ……?」
妖精に声をかけられて目を開けると、僕は台所とは全然違う場所に立っていた。
目の前には綺麗な青い海。後ろを振り返ると、どこまでも続きそうな緑色の草原が見える。
空中にはジグサクに浮かんでいる階段状の薄茶色の地面が見える。
階段の両端には色取り取りの綺麗な花が咲いていて、遠くの方に見える大きな白い雲に続いている。
「ここは夢界の入り口だ。この階段を上った先にある扉を開いた時、お前の望む姿に生まれ変わる。さあ、上るぞ!」
「うん……」
妖精がビシッと階段を指差した後に何の躊躇いもなく、薄く切った地面が浮いているだけの階段に足を乗せた。
大人が乗っても平気みたいだ。どんどん上っていく。
僕も慎重に足を乗せると、見えない柱で階段の底が支えられているみたいに頑丈だった。
……ホッ。大丈夫みたいだ。よし、上ろう。
階段の安全をしっかり踏んで確認すると、妖精の後に続いて階段を上り始めた。
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