3.戸影 あきら(89)愛犬家の場合

 朝日の上る前、柴犬のまめと共に散歩に出掛ける。30分ほど歩いた所にある公園で一休みをする。すると丁度朝日が昇るのを見ることができるのだ。朝日が昇るのを暫く眺めてから、また30分かけて家まで帰る。これが若さの秘訣である。この年齢になっても、孫と走って遊べるのは、30年続けているこの日課のお陰に違いがない。

 今日もいつものように散歩に出る。まめの挙動がソワソワしているが、きっと今日孫が遊びに来ることを察しているのであろう。まめは賢い子だからなぁ。

そんな今日も綺麗な朝日を観る事が出来た。きっと良いことが起こるに違いない。だって、孫が来るのだ。と、気分良く散歩を終えた私は、これまたいつも通りコーヒーを入れる。散歩終わりの一杯のコーヒー。これも朝の日課である。その後、まめに朝ごはんをやり、私と和代の朝食を作る。定年退職後、食事は私の仕事なのだ。といっても、定年退職前も大抵私が作っていたのだが。

 朝食を作り始める前にラジオの電源を入れ、調理を始める。まず、水を入れた鍋を火にかける。お湯が沸くのを待っている間に、塩漬けの鮭を魚焼グリルに入れ、火をつける。そして冷蔵庫から、豆腐と白菜出し、適当に切り沸騰してきたお湯に入れる。だしを入れ少し煮込む。私はくたくたの白菜と豆腐が好きなのだ。その間昨日の夕食の残り物である、ほうれん草のおひたしをテーブルに出す。魚焼グリルの鮭をひっくり返し裏面も焼く。焼いてる間に、白菜と豆腐の味噌汁を完成させ、お椀によそう。散歩に行く前に炊き始めておいた白米もお茶碗によそう。そして鮭が焼きあがるのを待っていると、ラジオから


「世界の半分の人が消えてしまいました。いったいどうなっているのでしょう。この後ー」


と聞こえてきた。この時間は今まで、ニュースの時間だったが、朗読か何かの時間に変わったのだろうか?そんな風に思っているうちに鮭が焼けた。

 和代は8時にならないと起きてこない。まだ暫く時間があるため、和代の分の朝食にはラップをかけ、私は出来立ての朝食を食べる。これはいつものことである。

今日もよい朝であった。と、もうすぐ孫が来るということで浮かれながら、私は洗い物をする。

その後、和代が起きてくるまでは、まめとのふれあいタイムである。まずブラッシングをし、その後、思う存分撫でるのだ。この時間のまめが目を細め気持ち良さそうにしているのを眺めるのが何よりの幸せである。だが、今日は少し違った。まめはブラッシングをしても、撫でても落ち着かず興奮ぎみであった。散歩の時もいつもと様子が違っていたし、病院にいった方がよいものか、しかし、具合が悪そうな訳ではないしなぁと考えていると和代が起きて来たので一緒にテーブルにつく。和代が朝食を食べている時、私はコーヒーを飲みながら話をするのだ。そんなゆったりとした朝の時間を崩すように、電話の音が鳴り響いた。

電話からは悲鳴のような娘の声がした。


「っお父さん、爽太が居ないのっ。どうしようっっ」

「居ないと言うのはどういう事かい?雄一くんは知らないのかい?」

「雄一は今一緒にいる。けど、なにも知らないよっ…だって爽太消えちゃった。爽太は居ないし、爽太のおもちゃも箸も服も靴も何もかも消えちゃった。」


すすり泣く娘の声が聞こえる。


「お父さんっ。ニュース見てないの?世界の半分の人が消えちゃったんだよ!爽太も…爽太も…」


状況を読み込めない私は、電話口で娘の声を聞きながら、ぼんやりとラジオから聞こえてきた言葉を思い出していた。

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