第15話 説明∩証明

 


 玄関から僕を押し出した美玖は、そのまま前に立つとスタスタ歩き始めた。


「......いったいどうしたんだよ、美玖。」

「...家に着いたらね。」


 そういうと後は黙って歩いて行ってしまった。

黙々と歩くこと15分程で僕の家に到着した。

そして美玖がカバンの中から鍵を取り出して自然な感じでドアを開けた。

 ......そりゃまぁ持ってるだろうけどさ。


さも自分の家かのように迷いなく入っていく。

僕も続いて家に入った。


 そのまま部屋につかつかと入っていくと荷物を床に置いて振り返った。


「幸兄ぃ。そこに座って。」


 僕は言われるがままに座椅子に座った。

美玖は仁王立ちのまま腕を組んでこちらを見下ろしている。


「それで?」

「えーっと、、、何が?」

「とぼけないで。今日の件よ。何で急にあんなことを始めたの。」

「いや...特に理由は。ちょっとやってみようかな と思って。」


 美玖の目が、スッと少し細くなった。

マズイ、あれは激怒寸前なときの顔だ。


「『ちょっとやってみようかな』と思った?そう、それだけ?」


 美玖は僕のパソコンデスクの前の椅子を転がしてくると、どっかりと座った。


「そう、今までやってこなかったことを、今日急に始めてみようと思いたったと。『ちょっとやってみようかな』と思ったから。ふーーん。そうなんだ?」


 言いながら足を組み替える。僕の背を冷汗が流れる。


「今までかれこれ15年間も、人の顔すら見られないでいた人が、今日急に接客なんか始めようと思って、理由は『ちょっとやってみようかな』と思ったからで、理由は『特にない』んだね。不思議だねぇ。ねぇ、幸人兄さん?」


 ...笑っているが、目が笑っていない。


「つい昨日、変な質問をしてきた兄がいると思っていたら、翌日からこんなことを始めたけど理由は『特にない』んだ。面白いね、兄さん。」


 アハハと美玖が笑いだす。僕は引きつった笑いが出た。

美玖がニッコリとこちらを見ながら言う。


「......兄さん?」

「.........ハイ。」

「...そこに正座。」

「ハイ。」


 僕はおとなしく従った。

スッと真顔に戻った美玖が言う。


「理由。説明。隠し事をするな。」



 閑話休題なんやかんやあって


 僕は、金曜日からの事を洗いざらい伝えた。

美玖は、話の最中は黙って聞いていた。


「...というわけで今日接客をしてみたというわけだ。」


 美玖はそのまま黙って何かを考えている。

僕も話し終えたので反応待ちだ。ちょっとそわそわする。


 やおら美玖が口火を切った。


「...まず確認だけど、薬物の類に手を出したりは?」


 言いながらスマホを取り出して「1」、「1」、「0」を入力した。

僕は慌てて首を横に振って否定した。


「そう。もしそんなことをしていたら迷わず突き出してあげるから。」


 迷いなくやりそうだった。


「......まぁ薬物によるものでないなら、幻覚を見たとか。」

「...それはないよ。」

「でもそれを実証してほしくても、私は適合者とやらじゃないから見えないのよね?」

「それは...そうだね。」

「何か能力を見せてもらおうにもそれも認識できないと。」

「...はい。」


 じゃあ証明が出来ないわね。と美玖が淡々という。


「...怪しげな新興宗教だったりは?兄さんを騙して何かさせようとしているとか。」

「......特に何かを信じるようには言われていないし、今のところ助けてもらってばっかりだけど。」


 ...何だったら大公なのに足蹴にされてたな。とふと思い出した。


「...全部が妄想って可能性は捨てきれないけど、それだと今日幸兄ぃが普通に接客できていた説明がつかない。かといっていきなり『悪魔』は信じられない。『悪魔の証明』なんて字面のままの意味で使う日が来るなんて思っても無かった。」


 ちょっと疲れたように美玖はぼやいた。


「...結論は保留ね。ちょっと想定外すぎてまとまらないわ。」


 宗教に勧誘されたり、何か病気にでもなったりしたのか 位で考えてた。と言う。


「遅いし寝ましょうか...兄さん。とりあえずシャワー借りていい?」




 その後、どこで寝るかでひと悶着は合った。

美玖は自分が押しかけたから、床で寝ると言い張り、僕はベッドを使うように言って譲らなかったのだ。


 最終的にベッドを半分で使うことにして寝ることにした。

背中合わせに寝転がって10分程した頃、美玖がポツリと口を開いた。


「...幸兄ぃ。起きてる?」

「...まだ起きてるよ。」


「...その悪魔と契約したこと。後悔してない?」

「...今のところはね。」


 そっか と美玖は溢した。


「...危ないことは無いの?」

「...今のところは ね。」


 そっか とまた言う。


「...危ないこと、しないでね。」

「...気を付けるよ。」


 そう と呟いた。












「.........危ないことしたらお母さんに言いつけるからね。」


 ...それは勘弁してほしい。


_________________________


 翌朝、僕が起きた時には既に美玖は起きだしていた。

何か台所でごそごそ音がしていると思ったら、朝ご飯を作っていたようだ。


「おはよ、幸兄ぃ。」

「おはよう、美玖。」


 冷蔵庫を覗きながら、美玖が言う。


「冷蔵庫、適当なものしかないね。」

「一人暮らしの男子大学生の冷蔵庫に期待してくれるな。」


 美玖はぶつぶつ言いながらありあわせの朝食を作っていく。

 出来上がった朝食をありがたくいただく。

朝食後に、美玖は午後から大学に行くと言って帰っていった。



 僕は2限から講義があるので、大学へ向かう事にした。

講義室につくといつもの定位置に既に涼が来ている。


「...珍しく早いのな。おはよう、涼。」


 返事が無い。ただの屍のようだ。

よく見るとすでに寝ている。


 ため息をついて突っついてみた。


「......はっ!」


 するとビクッと震えて涼が起きた。


「...珍しく早く来てると思って感心したんだけどな、涼。」

「コウ!お前を待っていたんだ!」

「...なんだよ。今日の講義は特に課題出てないぞ。」

「いんや。講義なんざどうでもいい!昨日のあれだ!説明しろよ。」


 学生の身で、講義をどうでもいいと宣うこいつには、一回天罰が下るべきだと思う。


「...あれって何の話?」

「それはお前、『あの』青葉先輩と、どういう知り合いなのかって話だよ。」


 やっぱりそれか。


「...それを聞くためだけにわざわざ早くから講義室にいたのか?」

「何だったら1限始まる前からいたぞ。」


 そのやる気を普段から別の事に発揮してほしい。


「別に、青葉先輩とはただの知り合いだよ。」

「『ただの』?その『ただの』知り合いになるための情報だけで、向こう半年は学食の昼に困らないぞ。」


 そんなにか。


「なんてったって、有名だからな。うちの医学部に合格しておきながら、それを蹴って経営学科と、メディア課の芸能コースの兼学をしてる秀才。実家は病院経営。成績は学年トップクラスなのに、本人はいたって謙虚。趣味はボランティア。プライベートな噂は一切流れず、神出鬼没。不思議なことに、大学の中でもほとんど目撃情報が無いという謎めいた存在。当然お近づきになりたい女性は数知れず。非公式にファンクラブまであるって噂だ。

 そんな学内の超有名人と、かたや人付き合いをほとんどしないコウが『ただの』知り合いってのはどう見たって謎だ。面白いな。」


「...僕からしたら、噂話だけでも片手間にそれだけ仕入れてくる涼の方がよっぽど面白いけど。」

「それで?どうなんだ?」


 全然僕の話を聞いていなかった。


「どうもこうもないよ。たまたま知り合っただけの知り合い。それ以上でもそれ以下でもない。先輩のプライベートを売る気はないよ。」

「そうか。じゃぁ仕方ないな。」


  意外とあっさり引き下がった。


「いいのか?」

「いいも悪いもない。コウが言わんと言うなら聞かん。どうせ喋らないだろうしな。」


 涼がニッと笑う。


「それに俺は、コウが人付き合いをし出した事の方がよっぽど気になる、が良いことだと思うのでそれも理由は聞かん。青葉先輩の連絡先は諦める様にお姉様方には言っとく。」


 ......僕の数少ない友人は、いい奴だった。


「まぁ売る気になったら歓迎するぞ。いつでも言ってくれ。連絡先なら1年分は行けるな。」


.....いろいろと台無しだった。

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