EP4 強すぎた光《オーバーライト》

 俳優、蒼峰大河。

 十八歳で俳優業界へと足を踏み入れた彼は、デビュー作『暗躍戦隊シャドウファイブ』で一気に人気に火が付き、今ではドラマや映画に引っ張りだこの国民的人気俳優となっている。

 そのファン数は海外も含めると数千万人規模と言われており、その凄さが数字からも窺える。


 優れたルックス、演技の巧さももちろん彼の魅力だが、彼の魅力はそれだけにとどまらない。

 『子どもの憧れるヒーローになりたくて俳優になった』とインタビューで明かしたように、彼は本物のヒーローの様な活躍を何度もしている。


 その最たるものが『子役救出事件』だ。

 とあるドラマの撮影中、スタッフの不手際でスタジオで火事が起こると言う事故が起きた。

 その際、子役の一人がスタジオに取り残されるという事件が起きたのだが、蒼峰はそれを知った瞬間、一切躊躇うことなく燃え盛るスタジオに飛び込み、子役を救出してみせた。


 他にも路上でひったくり犯を捕まえたり、不登校の子どもを百人以上救った実績がある。

 そんな輝かしい経歴からネットで付けられたあだ名が『ヒーローの擬人化』、『トップオブヒーロー』。

 スキャンダルの類も一切なく非の打ち所がない彼は、アンチすらほとんど湧かない。

 そんな彼が、試合に出ていた。


「まさか、彼が来ていたなんて……!」


 『匿名希望』のまさかの正体に銀城怜奈は絶句する。

 彼女は蒼峰大河がリアルワールド・オンラインをやってるという情報すら知らなかったのだから驚くのも当然だ。

 彼は今日この日、みんなをあっと言わせる為だけにその情報を伏せていた。


 当然彼のことを深く尊敬する青井空もそのことを知らなかった。


「な、なんで蒼峰さんが……っ!?」


 空は絶句する。

 長年憧れ、追いかけてきた人物が目の前に現れ思考がまとまらない。喜びと戸惑いが心の中でごちゃ混ぜになって今の感情を言葉で表せなくなる。


 大河はリングからかっこよく降りると、困惑する空のもとに近づいて来た。

 空の目の前まで来た彼は、ニコッと爽やかな笑みを浮かべ口を開く。


「君がブルーマスク……いや『青き疾風』君、だね。さっきの試合は見せてもらったよ、実にいい試合だった」

「あ、ありがとうござい、ます」


 たどたどしくなってしまうが、なんとか空は返事をする。まさか本人とこんな風に会話出来る日が来るなんて思わなかった。

 しかも彼は空の手を握り握手までしてくれた。


「その戦い方とその姿。もしかして俺を真似してくれたのかな?」

「は、はい。小さい頃から蒼峰さんは俺の憧れで……だから真似して……」


 必死に言葉を選んで話す空は、まるで子どもに戻ったかのようだった。

 この時には困惑する気持ちはすっかり消え去り、憧れの人と話すことの出来る喜びが溢れていた。


 しかし、この次の蒼峰の言葉が、空を絶望の底へと叩き落とした。

 

「そうか、それはとても嬉しいぜ。決勝戦は全力で戦おうな」

「……へ?」


 『戦う』、その言葉を聞いた瞬間、空は地面が消え去り地の底へ落下したような衝撃を受ける。


 ――――俺がこの人と、戦う? なんでそんなことしなくちゃいけないんだ?

 だってこの人はヒーローで、それと戦う相手は悪人に決まっている。俺は悪人にならなくちゃいけないのか?


 頑張ってこの人を追って、真似して、そのゴールがこれなのか?

 そもそも勝てるわけがないじゃないか。俺みたいな偽物が、本物のヒーローに。


「どうかしたか?」


 あんなに憧れたそのかっこいい顔が、握られた逞しい手が、今はただひたすらに恐ろしく感じる。


 その顔に笑みを浮かべ俺を追い詰めるのか。

 その逞しい腕で俺を殺すのか。


「い、いやだ……」


 この人に刃を向けることも――――

 この人に刃を向けられることさえも――――

 どっちも、嫌だ。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 こんなに怖いなら、こんなに辛いなら――――





 ヒーローなんて、目指さなければよかった。





「……してください」

「ん?」

「離してくださいっ!」


 大きな声を出し、空は大河と握った手を強引に離す。

 そして困惑する大河を置いて、背を向け逃げるように走り出す。


「空さんっ!?」


 空の突然の行動に怜奈は戸惑うが、すぐに後を追う。

 空は覆面をしているので顔こそ見えなかったが、彼からただならぬ雰囲気を彼女は感じていた。

 このまま放っておいたらマズい気がする。そう思い怜奈は必死に走りながら彼を呼び止めようとする。


「待ってください! 空さん!」


 しかし空はその言葉に一切耳を貸すことなく走りつづけ、控え室に入ってしまう。

 そしてガチャン! と力強く鍵を閉め、一人控え室の中に引きこもる。


「空さん……」


 少し遅れて扉の前にたどり着いた怜奈は、呆然と立ち尽くす。

 こんな時、どんな声をかたらいいのか彼女には分からなかった。


(空さん、あなたは今何を考えているのですか? 何があなたをそこまで追い詰めたのですか? 分からない。私は、あなたではないから)


 いくらその人を深く想っていても、別人である以上その全てを理解することは出来ない。でも、いや、だからこそ、


「話を聞かせてください、空さん」


 彼女は扉の前にしゃがみ込むと、扉の向こう側に向かって、語りかけるように優しい口調で話しかける。

 その問いに返事こそ返って来なかったが、かすかな物音が扉の向こうから聞こえた。

 どうやら声は届いているようだ。


「教えていただけませんか、空さんの今の気持ちを。私に、理解させてください。力になれるかは分かりませんが……私にも一緒に悩ませていただけませんか?」

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