EP13 後方回避中止中止《バクステキャンセルキャンセル》
「スキル『バックステップ』の発動を途中でキャンセルする技『バクステキャンセル』。これを使えば走ってようが落下してようが移動エネルギーを完全に消し、その場に停止することが出来るでござる」
それは一種のバグ技のようなものだった。
通常走ってる時にバックステップを使うと走りながら体が後ろに少しだけ下がる。
しかしその下がる瞬間、ほんの数フレームの間にバックステップをキャンセルすると何故か体がその場でピタリと止まってしまうのだ。
動画サイトにはこの技を使って高所から落下して寸前で止まる技が紹介されたことがある。当然な人ものプレイヤーが真似し、皆ぺちゃんこに潰れた。
「この技だけでも相当難しい技でござるが、そなたが使ったのはさらに上位の技『バクステキャンセルキャンセル』、通称BCCでござるな。そんな危険な技を実戦で、しかもこんな大舞台でやるなんて正気でござるか……!?」
「くく、それは褒め言葉として受け取っておくぜ。そんな驚いた顔してくれるなんて習得した甲斐があるってもんだ」
オタキングの言うBCCとは、その名の通りバクステキャンセルを更にもう一回キャンセルすることだ。
一回目のキャンセルで体の移動を止め、二度目のキャンセルでその『移動を止めた』のをキャンセルする。
つまり早い話が、止まった体が急に動き出すのだ。止まる前と同じ速度で。
「動画投稿サイトにも上がってない伝説の技、BCC。まさか実際の試合で使う者がいるなんて夢にも思わんでござるよ」
「俺はBCCじゃなくて『バックファイア』って呼んでる。その方がかっこいいだろ?」
そう言って得意げに空は笑う。
そんな危険な技を何の躊躇いもなく、しかもあっさりと成功してのけた事にオタキングは強い恐怖を覚えた。
「お主……本当に何者でござるか?」
「言っただろ? 俺はただのゲーム廃人だよ」
再び笑みを浮かべた空は小太刀を構え斬りかかる。
「そこっ!」
「ふんぐっ……!」
オタキングはその攻撃を円盾で受け止めるが、さっきまでの余裕は見られない。彼もまた空の猛攻を受けて消耗しているのだ。特にさっきの技『バックファイア』のせいで彼は強く動揺していた。
「どうした? 動きが鈍くなってるぞ!」
「ふ、それは気のせいでござる……よ!」
歯を食いしばりなんとか空の猛攻を受け切る。彼にもまた負けられない理由があった。
力を貸してくれた仲間のため、そして何より愛するオタク文化を発展させるため、この日にかけてきた。
そしてそれともう一つ、戦う前には無かった気持ちが彼の中に湧き上がっていた。
(勝ちたい……! 今まで会った誰よりも強い、この人に勝ちたい!)
それは空に対するライバル心。
星の数ほどゲームをやったオタキングだが、これほどまでに強く、そして自由なプレイヤーとは戦ったことがなかった。
楽しい。この人とならもっと強くなれる! オタキングは空と戦うの中でドンドン成長していった。
「これで――――どうだ!」
空の鋭い突きがオタキングを襲う。しかしオタキングはその一撃を剣の腹で受け止め、逸らして見せた。
おそらく試合開始直後であれば彼はその一撃を防ぐことは出来なかっただろう。空は彼が成長していることを確認し、それに応えるため更にギアを上げる。
『す、凄すぎる試合だ……こんなに長く、熱い試合は実況人生で初めてだぜ……!』
Mr.Jの言う通り、Re-sportsは早ければ三分程度、長くても十分以内に試合が終わることが多い。
だが二人の試合は始まってから既に二十分が経過していた。
しかし彼も観客もカメラ越しに見ている視聴者も。誰一人退屈さを感じることはなかった。それほどまでに二人の試合は見応えのあるものだった。
空が攻めればオタキングは守る。そしてその切れ目を縫ってオタキングが反撃すれば空は思いもよらぬ戦法でそれを跳ね返す。そんな飽きさせない試合が続いていく。
しかし何事にも終わりはあるもので、試合開始から二十五分が経過したところでとうとう二人の体力は限界ギリギリになってしまう。
「ぜえ……ぜえ……。ふふ、楽しいですな、ブルーマスク殿」
「はあ、はあ、楽しい、だって? 辛いの間違いだろ?」
「いや、楽しいで合ってるでござるよ。現にブルーマスク殿も楽しそうではないですか」
その言葉で、空は自分がマスクの下で笑みを浮かべていた気づく。自分でも気づぬ内に試合にのめり込み、集中し、楽しんでいたのだ。そのことに気づいた空は「ふっ」と自嘲気味に笑う。
「どうやら俺もいつの間にか楽しんでたみたいだ。久しぶりだよこんな気持ちは……」
今でもリアオンは楽しい。それに間違いはない。未知のエリアに行く時、強いモンスターと戦う時、レアな素材や武器を手にした時、たまらなく楽しい気持ちになる。
しかし他人を守ることに集中するあまり、強いプレイヤーと正面から戦い競い合う楽しみを長年味わってなかった。
リアオンを始めた当初は同年代の子どもとプレイして、そうした楽しみを味わうこともあった。しかし他の子よりもずっとリアオンに傾倒していた彼に友人たちはついて行けず、いつしか彼はソロプレイ専門に一人になってしまった。
だけど今は違う。
何の因果か彼は巡り合ってしまったのだ。自分が本気で戦える場所に。
「……駄目だなこのままじゃ」
ポツリとそう呟く。
本気で戦う相手に対し、自分はあまりにも不誠実だ。真剣に戦う相手を見て空はそう感じた。
だったら取るべき行動はひとつ。
「オタキング……お前は強かった。ありがとう。こんなに熱くなれたのは久しぶりだ。だからこそ敬意を払い、本気で潰させて貰う」
「……ほう。それは楽しみですな」
「ここからは最速で行く。ちゃんとついてきてくれよ」
空は自分の着ている防具を掴み……そして引きちぎる。
偽りの衣の下から出てくるのは空の真の姿。青き衣を身に纏う疾風の戦士。
「そ、の……姿は……!」
驚愕に染まるオタキングの顔。観客たちも同じで皆一様に口を大きく開け、目の前の事実に愕然とする。
なぜならその姿はリアオンをやっている者ならば、確実に一度は目にした姿だからだ。
青い忍装束に身を包み、光の如き速度で人助けをする謎の人物。
リアオン七不思議の一つで数万人規模のファンがいる都市伝説的存在。
人かNPCかの議論スレがとうとうパート一万を超えた生きる都市伝説。
通称『青き疾風』の姿がそこにはあった。
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