EP6 眠り姫病《スリーピング・ビューティー》
「ふぃー、疲れた」
激戦を制した俺はさっそくドロップアイテムを拾……うのをグッと我慢し怜奈さんのもとに向かう。
ちなみにもう忍装束でなく戦士の格好に変装している。あの姿は正義を執行する時だけなのだ。
「大丈夫か? 回復薬が必要なら渡すぞ」
「いえ……大丈夫です」
しっかりとした足取りで怜奈さんは立ち上がる。顔色もそこまで悪くなさそうだ、どうやらトラウマにはなってないみたいだな。よかったよかった。
「ふふ、また助けられてしまいましたね」
「また?」
「いえ、こちらの話です。それよりも……すごいたくさんドロップしましたね、さすがネームドモンスターと言ったところでしょうか。それにしてもまさかこここんな大型モンスターがいるとは思いませんでした」
言いかけたことを誤魔化すように早口で喋る。いったい何を言いかけたのか気にはなるが詮索するだけ野暮ってもんだ。
それより今はこの
「あ、あのですね。その……このアイテムの分け前をですね」
「アイテムは全て拾っていただいて大丈夫ですよ。あれを倒したのは空さんなのですから当然です。存分に有効活用して下さい」
「へ!? いいのか!?」
俺のクールな交渉術のおかげでレアアイテムも貰うことが出来た。
おっと勘違いしないでくれ。いくらいいと言われても本当に全部貰うわけじゃない。
そも元々ここは怜奈さんが見つけた秘境。当然彼女にもこの素材を得る権利がある。ちょっと多めには貰いはしたが、彼女にもちゃんとアイテムを渡した。
「いいと申しましたのに……」
「こんなにあっても使いきれないし持っててくれよ。怜奈さんの
全ての素材が全ての武器種に使えるわけじゃない。もしかしたら俺の作りたい種類の武器や防具にこの素材が適さない可能性だって十分にある。だから分け合うのは大事なのだ。
怜奈さんは最初こそ断ったが、無理やり押し付けると渋々受け取ってくれた。無事アイテムを分け合った俺たちは平和になった峡谷を奥に奥に進んでいく。するとそこにあったのは……。
「きれい……」
怜奈さんが思わずそう呟いてしまうほどの絶景が俺たちを待ち受けていた。
一面に広がる巨大な平原。じれは隣のエリア、ニューメイクだ。こんな風に一望したのは初めてだ。
どうやら気づかぬ内にかなり高所まで来ていたみたいだな。大きなニューメイクシティがあんなに小さく見えるぜ。
「空さん。貴方はこのゲーム、好きですか?」
景色に目を奪われていると、唐突に怜奈さんがそう尋ねて来た。
見れば横にいる彼女はいつになく真剣な顔をしている。いったいどうしたんだろうか。
「まあそりゃ好きかって聞かれたら好きだよ。リアオンはサービス開始した年、えっと今から八年前だから……九歳か。その頃からやってるし愛着もある」
現実世界にいる時間とゲームにいる時間のどっちが長いのか分からないほど俺はこの世界に入れ込んでいる。もはや最近は好き、という感想すら湧かないほどだ。それほどまでにこの世界は俺の中であって当然のものになっている。
「私もこのゲームが好きです、第二の故郷と言っていいほどに」
そう口火を切った怜奈さんは意を結したように話を始める。
「実は私は五歳から八歳までの間の記憶がありません。その間の三年間、私はずっと病院のベッドで眠っていました」
「それって……まさか……」
「はい。私は眠り姫病だったのです」
その病名は誰でも一度は聞いたことがある有名なものだ。
今から十五年ほど前に突如として現れた奇病。それが『眠り姫病』だ。
この病気に罹った人は、お伽話に出てくる眠り姫の如く眠ってしまう。その理由は科学が発展した現代においても不明。脳に異常があるわけでもないのに罹った人はひたすらに眠ってしまう。
眠るだけならいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、ずっと寝たきりのままだと筋力が落ちてしまい目覚めた時に起き上がる力さえ残らなくなってしまう。
それに眠っている時の記憶がないということは、本人にからしたら
そんな奇病に怜奈さんが罹っていたなんて……驚きだ。
「私が眠っていたのは三年間。眠り姫病発症者の中では比較的短い方です。しかしそれでも時間の空白というのは幼い私にとって恐ろしいものでした。肉体と精神の差に恐怖を覚え毎日泣いていたのを覚えてます」
そりゃそうだ。俺だって寝て起きてオッサンになってたらどうしていいか分からない。
楽しく過ごせていたはずの高校生活や大学生活、それらは二度と戻ってこない。そんなの辛すぎる。いったいどうやってその傷を癒せばいいんだ。
「失意の底にいた私が出会ったのが……このゲーム、『リアルワールド・オンライン』でした。不思議とこの世界は居心地が良く、学校に行けなかった私はこの世界に入り浸ってました」
ゲームをやってる間は嫌なことを忘れられる。その気持ちは俺もようく分かる。早い内にこのゲームに出会えたのは彼女にとって不幸中の幸いだっただろう。
「三年間眠っていた私に友人は残っておらず、更に眠っている間に大好きだったお父さんも亡くなってしまいました。しかしこの世界で私は新しい友人や仲間を作り、生きる気力を取り戻したのです」
「そう……だったのか」
おそらく怜奈さんがリアオンに出会わなかったら今のように普通に学生生活を送ることは出来なかっただろう。
このゲームに出会い人生が変わった人は多い。現実世界での生活に疲弊した人がこのゲームのおかげで立ち直ったというのは珍しい話ではないのだ。俺だってこのゲームがなければ今よりも暗い性格だっただろう。
「だから私はこのゲームが好きです。そしてだからこそ、このゲームの素晴らしさをもっと多くの人に知って貰いたい。このゲームに恩返しがしたいんです。私がRe-sportsを広める活動に力を入れてるのはそれが大きな理由なんです」
まさか彼女がそんな熱い気持ちで動いてるなんて思わなかった。
熱い。焼けるほど熱い気持ちがひしひしと伝わった。
俺だってこのゲームを愛するプレイヤーの一人、恩返しをしたいって気持ちはよく分かる。だから俺が感化されてしまうのも当然の話だった。
「分かった。もうちょっと付き合ってやるよ」
「……へ?」
「もうちょっと怜奈さんの我儘に付き合うよ。リアオンに恩返ししたいんだろ? さすがに世界大会に出る……ってとこまでは出来ないだろうけど、顔出ししない範囲だったら俺も手伝うよ」
「空さん……ありがとうございます。本当に嬉しいです」
クラスの野郎どもが見たら
ちくしょう、こんな笑顔向けられたらますます断れないな。
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